小川 奈緒美さん 22歳(立命館大国際関係学部卒)
■6月の書き出し
がらんとした昼下がりの美術館で絵に見入っていると、不意に声をかけられた。しかし館長は金の額縁の中に描かれた、主のいない豪奢(ごうしゃ)な椅子(いす)を見つめる視線を逸(そ)らそうとはしなかった。それでも声は語りだす。
館長殿、今日で最後ですな。我々がお会いするのも、貴方(あなた)がこうしてこの絵の前に立つのも。貴方だけではありませんよ。前の館長殿も、その前の館長殿も、あの方の姿を見ないままにここを去ったのです。
さぁ。約束どおり、あの方の姿を拝することができなかった貴方にこの絵についてお話しましょう。
これを描いた画家は実に見事な技巧の持ち主でした。本当に美しい絵を描く画家でしたよ。でなければ、陛下が正式に王女の肖像画の作製を依頼しなかったでしょう。しかしお分かりの通り、ものの本質は技巧によってのみ描かれるのではありません。王女は自由を愛しておりました。馬に乗り、野を駆け回り、木陰でまどろみ、詩をつくる。お分かりになられますかな。それが彼女でした。だがこの絵に描かれたのは美しいドレスを纏(まと)った、王家の娘でしかありませんでした。
では何故(なぜ)彼女はそんな絵に宿ってしまったのかと思われるでしょう。それはね、眼(め)ですよ。画家が描いた王女の眼。それだけはまさしく彼女の眼でした。生命の炎。魂の持つ輝きとでも申しましょうか。その眼に、彼女自身の魂が引き寄せられたのだと私は思うのです。そうは言っても、やはり彼女はこの絵に描かれた姿が気に入らないのでしょうな。お気の強い方なもので、すっかり絵の中から姿を消してしまわれました。
私はこの魂が朽ちるまで、こうしてこの絵を見守る所存です。貴方がいなくなって目下の心配事は、後任の館長殿は私がこの人の傍(そば)にいることを許さないのではないかということですな。ご存知の通り、ある種の人間にとっては展示する絵の配置もまた芸術となるのです。貴方はこの絵の横には私が飾られるべきだと仰(おっしゃ)いましたが、次の館長がどう思うことやら……。
我々は永遠ではありません。これから先、塗られた絵の具は朽ちてゆき、同時に我々の魂も浄化されてゆくのです。大学の優秀な修復チームでも繕えぬものが、芸術にはあるのですよ。それゆえに、芸術の瞬間の美しさは人の魂を揺すぶるのですよ。
さぁ。館長殿。もう出発の時間ですな。さようなら。
一週間後、美術館のある街を大きな地震が襲った。瓦礫(がれき)の山と化した建物の中で、二枚の絵は折り重なるような状態で発見される。上にあった騎士の絵は瓦礫で傷つき、もはや修復不可能な状態だったが、下にあった絵は奇跡的にわずかな損傷だけですんだ。それは椅子に腰掛けた王女の絵。その頬(ほお)には涙が伝っていた。
駆けつけた元館長はそれを見て言ったそうだ。
――騎士が、役目を果たしたのですよ。
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