いっしょに小説を書きませんか?

私が考えた「ちょっと不思議な書き出し」に続けて、あなたの想像の翼を広げてみてください。

内容はまったくの自由。純文学でも、ミステリーでも、恋愛小説でも、SFでも、ファンタジーでも、怪談でも、童話でも、時代小説でも、何でもかまいません。思いついたままに物語を展開させればいいのです。お気に入りの作家を気取るのも楽しいでしょう。
 かぎられた枚数ではありますが、その中で人類を滅ぼすことも、命懸けの恋をすることもできます。あなたの小説を何十万もの人が読んで、泣いたり笑ったり怖がったりしてくれるかもしれません。

「小説なんか書いたこともない」という方も、どうか気軽にチャレンジしてみてください。世界を見る目が変わりますよ。

バトンを託した私が、「こんな小説になるとは!」と驚くような作品をお待ちしています。

[有栖川有栖]

■募集中の書き出し■

【8月の書き出し】(締切:7月20日)

見張り番が「くるぞ!」と叫んだ。とうとうこの時がやってきたのだ。

応募方法はこちら



選考を終えて(6月)

 今月は、応募数が多かっただけでなく、レベルもなかなかの高さでした。書き出しがよかったから? 新型インフルエンザで学校が休みになった影響? 前者だと思いたい。私自身、本当にこの書き出しで小説を書きたくなりましたから。
話しかけてくる声の主は、少女か老人が多かった。何となく予想していたとおりです。
 佳作は次の三編です。
 「それはだまし絵のように」と同じく、語り手が絵の中に入ってしまう物語が何本かありました。この作品は、読者をじっくりと説得していくような語り口がいい。絵に引き込まれる理由らしきものも書かれていて、手堅くまとまっています。
 「描かれた彼の女」は、最後で物語が大きく展開して意表を衝かれました。まさか美術館が崩壊するとは。こういう切り替えは、とても小説的ですね。人間たちのドラマ、王女と騎士のドラマ。その二つがきれいに響き合います。
 「絵画迷宮」は秀作なのですが、かつて別の書き出しで寄せられた「写り込み屋」(2008年2月)という作品を連想してしまい、やや割を食いました。ルノワールのあの名画があるということは、ここはオルセー美術館? 豪華な舞台にしてくれましたね。

絵画迷宮

Kasaku2_4山田 那名江さん 23歳(市職員)

6月の書き出し
 がらんとした昼下がりの美術館で絵に見入っていると、不意に声をかけられた。振り返ると気のよさそうな小さな老人がちょこんと立っている。
「おまえさん、『絵渡り』じゃな」
 老人は言った。一瞬冷や汗をかいた男は目の前の好々爺(こうこうや)を見て胸をなでおろした。どうやら奴らではないらしい。『絵渡り』とは様々な絵の中を渡り歩くものをいう。ただ男は『絵渡り』の中でも『絵荒し』という犯罪者なのだ。様々な絵に入り込んでは貴重な絵画を台無しにする。モナリザの後ろに隠れ、肩の上に手を置いて心霊写真のようにしてみたり、ムンクの叫びのバックで全力のピースサインをしてみたり。他愛ないものだが、作品価値を失墜させる行為として『絵画警察』に追われている身なのだ。
「その絵に入るつもりなのかい?」
 老人がいうその絵とは、男が今まさに入ろうとしていた絵、かの有名なルノワールのムーラン・ド・ラ・ギャレットである。木の葉を隠すなら森の中。犯罪者が隠れるなら人ごみの中、だ。
「ええ、昔からルノワールが好きなんですよ」
「でも、もっとおもしろい絵があるぞ」
 そう言って老人が指差した先に一枚の絵がかかっていた。どうやら、壁にかかっている絵を描いた絵らしい。さらにはその描かれている絵の中にも絵が描かれており、マトリョーシカのように際限なく続く絵の中の絵が平面の絵に奥行きをもたせている。
 老人はその絵に向かって歩き出し、男も老人につられ、ふらふらと絵の中に足を踏み入れた。額をまたぎ、どんどん絵の中の絵の中の絵の中へ入っていく。奥に行くにつれ空気が重くなり、薄暗くなっていった。
「じいさん、もういいから、俺は引き返すよ」
 老人は男の言葉を聞いてピタリと立ち止まり、ものすごい勢いでふりむいた。その顔には醜い笑顔が張り付いている。そして突然、老人は今二人が越えた額をまたぎ、ひとつ手 前の絵の中に戻った。そして次の瞬間、老人を追おうとして踏み出した男の目の前の空間がちぎれた。老人はひとつ外から、男の入っている絵を引き裂いたのだ。
「わしの愛する芸術を荒らしやがって。一生絵の中から出てくるな」
 そういって老人はもと来た道を戻っていった。
「待ってくれ、お願いだ、ここから出してくれ、出せ! 出せえぇ!」
 老人は高笑いをしながら引き返した。しかし、行けどもなかなか外に出ることが出来ない。後ろを振り返っても絵の中の絵が続いているばかり。老人は早足になり、やがて駆け足になった。足がもつれ、派手に転んだ。そして、転んだ老人の目に映ったのは、人の足。顔をあげると先ほどの男が耳まで裂けんばかりの笑顔を浮かべて立っていた。

'09年6月「がらんとした…」

描かれた彼の女(かのひと)

Kasaku2_4小川 奈緒美さん 22歳(立命館大国際関係学部卒)

6月の書き出し
 がらんとした昼下がりの美術館で絵に見入っていると、不意に声をかけられた。しかし館長は金の額縁の中に描かれた、主のいない豪奢(ごうしゃ)な椅子(いす)を見つめる視線を逸(そ)らそうとはしなかった。それでも声は語りだす。
 館長殿、今日で最後ですな。我々がお会いするのも、貴方(あなた)がこうしてこの絵の前に立つのも。貴方だけではありませんよ。前の館長殿も、その前の館長殿も、あの方の姿を見ないままにここを去ったのです。
 さぁ。約束どおり、あの方の姿を拝することができなかった貴方にこの絵についてお話しましょう。
 これを描いた画家は実に見事な技巧の持ち主でした。本当に美しい絵を描く画家でしたよ。でなければ、陛下が正式に王女の肖像画の作製を依頼しなかったでしょう。しかしお分かりの通り、ものの本質は技巧によってのみ描かれるのではありません。王女は自由を愛しておりました。馬に乗り、野を駆け回り、木陰でまどろみ、詩をつくる。お分かりになられますかな。それが彼女でした。だがこの絵に描かれたのは美しいドレスを纏(まと)った、王家の娘でしかありませんでした。
 では何故(なぜ)彼女はそんな絵に宿ってしまったのかと思われるでしょう。それはね、眼(め)ですよ。画家が描いた王女の眼。それだけはまさしく彼女の眼でした。生命の炎。魂の持つ輝きとでも申しましょうか。その眼に、彼女自身の魂が引き寄せられたのだと私は思うのです。そうは言っても、やはり彼女はこの絵に描かれた姿が気に入らないのでしょうな。お気の強い方なもので、すっかり絵の中から姿を消してしまわれました。
 私はこの魂が朽ちるまで、こうしてこの絵を見守る所存です。貴方がいなくなって目下の心配事は、後任の館長殿は私がこの人の傍(そば)にいることを許さないのではないかということですな。ご存知の通り、ある種の人間にとっては展示する絵の配置もまた芸術となるのです。貴方はこの絵の横には私が飾られるべきだと仰(おっしゃ)いましたが、次の館長がどう思うことやら……。
 我々は永遠ではありません。これから先、塗られた絵の具は朽ちてゆき、同時に我々の魂も浄化されてゆくのです。大学の優秀な修復チームでも繕えぬものが、芸術にはあるのですよ。それゆえに、芸術の瞬間の美しさは人の魂を揺すぶるのですよ。
 さぁ。館長殿。もう出発の時間ですな。さようなら。

 一週間後、美術館のある街を大きな地震が襲った。瓦礫(がれき)の山と化した建物の中で、二枚の絵は折り重なるような状態で発見される。上にあった騎士の絵は瓦礫で傷つき、もはや修復不可能な状態だったが、下にあった絵は奇跡的にわずかな損傷だけですんだ。それは椅子に腰掛けた王女の絵。その頬(ほお)には涙が伝っていた。
 駆けつけた元館長はそれを見て言ったそうだ。
 ――騎士が、役目を果たしたのですよ。

'09年6月「がらんとした…」

それはだまし絵のように

Kasaku2_4田中 和樹さん 23歳(近畿大文芸学部卒)

6月の書き出し
 がらんとした昼下がりの美術館で絵に見入っていると、不意に声をかけられた。
 声のした方を向くと、いつからそこに居たのか、小奇麗(こぎれい)な格好をした初老の紳士が皺(しわ)の少ない顔をにこやかにして立っている。
  「いえ、気に入ったというよりも、いささか奇妙なもののように見えまして」
   こちらの絵がお気に入りですかと尋ねた紳士にそう答えながら、私は少し前から眺めていた絵の方へ視線を戻した。「絵を見る者」という題のついたその作品は美術館の一角らしい場所を描いたもので、幾つかの絵画や彫刻が並べられている風景の中にはそれらを見て回っている人の小さな後ろ姿が一つ、そっと描き込まれている。
  「一目した時には、鏡かしらんとも思いましたね、芸術は色々ですから、或いはそんなこともあるかもしれないと思ったんです。まあ、目の前に映るはずの私が映らないんだから、 鏡とは違うとすぐに分かりましたが、そう分かっても眺めているとまた、だんだん鏡でも見ている気になってくる」
  「おや。貴方(あなた)のような人にお会い出来たのは久しぶりだ」
   私が絵の感想を述べると、紳士は先ほどと似た柔らかな声の内に幽(かす)かな興奮の色を含めて云った。
  「この作品は私のものなんですがねえ、まったく、貴方のおっしゃる通り、美術館に置かれた鏡でも描くような気持ちでこれを作りました。ええ、日々の中に溶け込んでいて見落とされてしまうような、すぐ身近にあるのにまるで気づかれずに消えていってしまうような景色、そういう景色を描きたくって、ここの景色を閉じ込めてやるような気持ちで作ったのです」
  「なるほど、美術館で絵を見て回る人の姿なんてものは見ているようで、案外見ておらんものですな」
  「そう、そうなんですよ、たとえ美術館でそれが目に入ったって、関心は展示品の方に行っているからそれは意識には残らない、実際は見えているのに、見ていないわけです。そして、絵を見ている人間というのはね……」
   紳士はもう小躍りでもせんばかりに弾んだ調子で喋(しゃべ)っていたが、突然、その先の言葉を押しとどめた。それから館の内に自分と私しかいないことをわざわざ確かめてから一足こちらに歩み寄って囁(ささや)いた。
  「絵を見ている人間というのはね、自分が見られていることをまるで意識しないんですよ」
  「はあ」微笑を崩さない紳士に曖昧(あいまい)な返事をすると、私は急に不安になって、しばらく前から気になっていたことを続けて尋ねた。
  「この美術館の出入口はどこだったでしょうか?」
 いつの間にか、私は絵から目を離していた。そして青ざめた顔が額縁の向こうから私の方を覗(のぞ)いているような気がして、もはやその作品へ視線を戻すことが出来なくなっているのだった。

'09年6月「がらんとした…」

切り裂かれた絵

入選作品渡辺 翔大さん 19歳(関西学院大理工学部2年)

■6月の書き出し
 がらんとした昼下がりの美術館で絵に見入っていると、不意に声をかけられた。

 そのとき私は、その美術館の絵がどれもこれも鋭い刃物で真一文字に切り裂かれて台無しになっていたので、その理由をずっと一人で考えていたところだった。
「ああ、お客様。その絵は耳で観(み)るのでございます」
 首をかしげていると私の背後で声がした。振り返ると、美術館の館長らしき老紳士がほほ笑んでいた。
「耳……ですか?」訝(いぶか)しげに聞き返すと、館長はスーツの襟を正して、そうでございますと穏やかに答えた。
「あの、一つお聞きしたいのですが、何故(なぜ)絵が全(すべ)て切り裂かれているのですか? 何かいたずらでも?」
「いえいえ、とんでもございません。この美術館に展示されている絵は、先程申し上げた通りすべて耳で観る絵でございます。なので、絵に刻まれた傷はそのためのものです。どうぞ、傷に顔を近づけて耳を澄ませてごらん下さい」
 はぁ、と私は気の抜けた声を出して草原の風景画であったらしい絵に耳を近づけてみた。
 するとどうしたことだろう。絵の傷の中から、僅(わず)かではあるが川のせせらぎや小鳥の鳴き声が響いてくるではないか。同時に、一瞬視界が揺らいだかと思うと、春の草原が目にありありと映った。
 まるで自分が別の世界に飛んでしまったような感覚を覚え、私は驚いて顔を絵から遠ざけた。途端に見えていた風景も音も霧散して、ほほ笑む館長が見えた。
「ご理解いただけましたでしょうか? 画家の強い意志が宿った絵は、切り裂くと中からその風景が溢(あふ)れ出すのです。まるで熟れた果実を切るとそこから果汁が溢れるように……贅沢(ぜいたく)な鑑賞でしょう?」
 私は驚きのあまり何も言えず、目を見張っていたが次第に興奮して、次から次へと絵の傷に耳を近づけていった。館長は私の他に客がいないせいか、私が観る一つ一つの絵に解説をしてくれた。
「これは十九世紀ヨーロッパの朝市の様子です」「中国、泰山の風景画です」「抽象画です。面白いでしょう?」
 どの絵もただ目で見るよりも鮮明に情景が流れてくるため感動的で、自然に絵の本質を感じることができた。私は日が暮れるまで夢中になって鑑賞し続けた。
 しかし、最後の天国を描いた絵で私は欲張り過ぎたらしい。切り口に顔を近づけ過ぎて、頭がすっぽりと絵に入ってしまい、抜けなくなってしまったのだ。
  「助けて」そう館長に助けを求めた。ところが、館長は愉快そうに笑うばかりで、「いっそ絵の中に住まれてはいかがでしょうか。可能でございます」とまで言い出す始末だ。
 だが待てよ。私は考え直した。これだけ美しい天国の絵の中で暮らせるならそれも悪くないかもしれない。
 そう思った私は、背後で館長の笑い声を感じながら。絵の傷の中に向かってゆっくりと体を沈めていった。
 まるで熟れた果実の傷から入り込む蟲(むし)のように。

[2009年6月29日掲載]

Alicekara_1 語り手が見ていた絵の中に入ってしまう、という物語はいくつも寄せられましたが、この作品は「音」に加え、触覚的なイメージも取り入れているところで他と異なりました。「熟れた果汁」のたとえが効いています。

'09年6月「がらんとした…」

初恋

入選作品橋本 仁美さん 21歳(関西大政策創造学部3年)

■6月の書き出し
 がらんとした昼下がりの美術館で絵に見入っていると、不意に声をかけられた。

「へえ、そんなにその子がいいんだ」
 突然投げ掛けられた攻撃的なその言葉に、僕は思わずムッとした。
「誰のために、わざわざ有休とってやったと思ってるんだよ」
 僕はお前と違って忙しいんだぞ!と喉まで出かかったけど、そんなことを言えば後でうるさいのは目に見えている。僕はぐっとこらえた。
「その子じゃなくて私のこと見てよ」
 またくだらないことを言いはじめた。僕は目を逸らさずにそのまま無視した。だいたい、お前のために来てやってるんだぞ。ああ、この絵の女の子は静かでいいよなあ、と僕は思う。中世ヨーロッパあたりの貴族だろうか。女の子は、本来こういうおしとやかな生き物のはずだ。
「私とのデートなのに、他の女に鼻の下伸ばしちゃって」
 でも、女の子にも色々いるんだなあ!
「だから何だよ。お前ばっかり見てろって?」
「そうよ、悪い?」
 もともと、告白は向こうからだった。この美術館に足しげく通っていた僕を、彼女はいつも見ていてくれたらしい。僕は全く見られていたなんて気がつかなかったが、告白されて別段悪い気はしなかった。
「ねえ、私とその子どっちが可愛い?」
「知らん。ちょっと静かにしててくれ」
 そう言うと、彼女は急に黙ってしまった。ちょっと嫌な予感がしてちらりと目をやると、なんと泣いている。ったく、どこまでも世話のやけるやつだ。
 ハンカチを放ってやると、目元をぐしぐし拭った後に鼻までかんでいた。汚ねーな、返せ!と言うと、ぐしゃぐしゃに丸めたまま放り返してきた。さっきの泣き顔はどこへやら、今度はえへへ、と機嫌よく笑っている。この顔を見ると、どうも調子狂うんだよな。
「ありがとね」
 初め僕は彼女に対して、わがままな薄っぺらいやつだなという印象しかなかった。だけど、付き合ううちに色んな所が見えてきて…照れ臭いけど、意外な彼女の奥深さに惹かれてきたというか、そんな感じで今に至る。
 やっとかかった閉館を知らせる放送に、僕はやれやれとため息をついた。これでやっと帰れる。館内から出ようとすると、背中に彼女の声が響いてきた。

「ねー!! 明日も来てくれるよね?」
 僕は返事の代わりに、絵の具で汚れた汚いハンカチをひらひら振ってやった。

[2009年6月23日掲載]

Alicekara_1 女の子の正体をうまく隠しています。ぼんやり気がついた読者もいるかもしれませんが、さらりと種明かしをする最後の一文のうまさに感心するでしょう。「僕」が平然と不思議を受け入れている不思議さがいいですね。

'09年6月「がらんとした…」