高橋 愛さん 20歳 (神戸大経営学部2年)
■10月の書き出し
珍しく手紙が届いた。差出人の名前はない。開封してみると、出てきたのは暗号らしきものだ。
「本当に私宛(あて)のものですか?」
「はい。小磯綾乃様はお客様しかおりませんので」
確かに宛名には私の名前が書いてあるから確認されても困るだろうが、手紙を届けに来た女主人は笑顔を崩さず答えた。しかし、私が今この海辺のペンションに宿泊していることは、ペンションにいる人間と私しか知らないはずだ。親兄弟、友人にも何も告げずに出てきたのだから。中学生の頃、演劇部の合宿で毎年訪れていたこの海岸は、海水浴のシーズンはとっくに過ぎてしまったこの季節、ひっそりと静まり返っていた。
波の音に包まれながら、ぼんやりとした状態で一晩中過ごした私の頭は、朝日が昇って数時間たつ今も夢と現実の境界を漂っているようで覚醒(かくせい)しきれていない。
「孤星の頂に永遠が眠る」
窓際に置かれたベッドに腰かけ、黄ばんだ便せんに子供が書いたような字で綴(つづ)られた意味不明の文章をぼうっと眺めていると、ふと昔のことが思い出された。
合宿の夜、同級生の京介と宿を抜け出し、浜辺を歩いた時に小さな島を見つけたことがあった。引潮の時は島まで道ができるが、潮が満ちた時は誰も寄せつけずにぽかりと浮かんでいる。その様子が、まるで宇宙に浮かぶ孤独な星のようだと語ったことがあった。他愛(たわい)もない会話だったが、「孤星」とはその島のことで、「頂」とは島の端の一番高くなっている場所のことではないか。そこに何かあるのか? これは私と京介だけに通じる暗号だ。これは京介が書いたのか…?
私は手紙を握りしめたまま夢中で島を目指した。潮が満ちてきており、島へ続く道は沈みかけている。ジーンズの裾(すそ)が濡(ぬ)れるのも構わずたどり着いたその場所には、最近掘ったような跡がある。道具など何も持っていないので素手でそこを掘り返すと、小さなブリキの箱が出てきた。中には一通の手紙と指輪。ふるえる手で手紙を開けると、今度は大人の字でただ一言、「結婚しよう」。
「本当に、バカなんだから…」
呟(つぶや)いた途端、涙があふれだす。
京介は私がここに来ることを知っていた。十年後の私の誕生日に、島から眺めた海辺に佇(たたず)むペンションに二人で泊まりにくるという幼い日の約束を彼も覚えていたのだ。そして、黄ばんだ便せん。あの時すでに、この日のために手紙を書いていたのか―。
低く唸(うな)る海風と激しい波の音だけが鳴り響く。泥だらけの手に指輪をはめることはできなかった。
陸へ戻る道は完全に閉ざされた孤星の頂で、二通の手紙を握りしめたまま私は声をあげて泣いた。
今ここに私がいることは誰も知らない。親兄弟も、友人も、警察も。
ただ一人知っているはずの彼は私が殺したのだから。
[2008年10月20日掲載]
どう展開するのだろうか、と思いながら読み進めていき、最後ではっとしました。切れ味抜群の幕切れです。謎めいた暗号も、とてもいい。情景が目に浮かんで、哀切な余韻が残ります。寄せては返す波の音とともに。
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