空に死ぬ

Kasaku2_4板山 彩実さん 18歳(京都女子高校3年)

12月の書き出し
 
道ばたで口をぽかんと開け、空を見上げている人がいた。視線の先を追っても、変わったものはない。
 いったい何を見ているのだろう? 私はその人を横目でちらりとうかがった。
とある昼下がり、オフィス街のど真ん中の横断歩道の前に、その人は立っていた。冬の風がもたらす寒さに震えながら、赤信号を見るとも無しに見ている人達の中で、その 人は赤い光の遥(はる)か上、きれいに晴れた青空を見上げていた。
 その人の見かけは特に変わったところはないが、空を見る目がぼうっと見ている感じではなかった。はっきりと見つめている。けれど空には変わったものはおろか、雲一つ見あたらない。何を見ているのだろう。
 私は気になってとうとうその人に話しかけた。
「何を見ているんですか?」
 その人は空を仰いだまま、こう答えた。
「空を。」
 私も空を仰いでみる。雲一つ無く、ひたすら真っ青だ。冬の青空は高く澄んでいる。空を見上げるなんて久しぶりだなぁとちらっと思った。
「なぜ?」と私はまた尋ねた。
「今日の空ってきれいすげて、なんか絵の中の空みたいですよね。」
 高層ビルが立ち並ぶ中にぽっかり見える空は、透明なくせにどこかのっぺりして、ガラスを青いペンキで塗ったみたいな感じがする。確かに何だか作り物っぽい。
「こんな偽物っぽい空が上にかかってると思うと、何か怖くないですか。書き割りが壊れるみたいに、ごとっと落ちてきそうで。」
「…空が落ちてくるなんてあるはず無いじゃないですか。」
 私はそう言いながらも、この空がガタンと音をたてて落ちてきて、私がいるこの世界を押し潰(つぶ)してしまう想像を鮮明に思い浮かべてしまった。見上げたぬけるように澄んだ空に、息が詰まるような圧迫感を覚える。風でザワザワと揺れた街路樹の葉の音が、空の重さに耐えかねるようにたわんだ音に聞こえる。私は恐怖にぶるっと体を震わせた。空が落ちるなんてことあるはず無いのに。
 私はその人と並んで、空を見つめ続けていた。奇妙な不安と恐怖をこもった目で、本物なはずの偽物みたいな空を。
 空に殺されそうだと、思いながら。

'08年12月「道ばたで口をぽかんと開け…」
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選別

Kasaku2_4熊澤 辰徳さん 20歳(神戸大理学部3年)

12月の書き出し
 
道ばたで口をぽかんと開け、空を見上げている人がいた。視線の先を追っても、変わったものはない。
 何もないはずなのに、彼女の視線は明らかに何かを追っていた。時々顔をしかめたり眼を見開いたりしながら、ずっとそこを動こうとはしなかった。気にはなったが、あまり関わり合いにならないように、他の数少ない通行人と同じく横を通り過ぎようとした。
 ん? と後ろを歩いていた少年が小さく声を出したので、僕は振り返った。視線は立ち止まっている彼女と同じ方向を向いていた。この少年もまた彼女の視線を追ったようだ。この道を歩いていた他の通行人は、彼女の視線を追っても空を一瞥(いちべつ)して行ってしまったが、彼には何かが見えたようだ。改めて二人の視線の先を見ても、やはり僕には色落ちした空しか見えなかった。
 少しして、同じ場所を見上げている少年に彼女が気づき、君にも見えてるのと聞いた。少年はびくっとして若干後ずさりし、小さくはいと答えた。
「何なのかなあれ。壊れたスズメみたいだよね」
 少年は困ったように曖昧(あいまい)に頷(うなず)いた。彼女の方は自分以外にも見えている人がいて嬉しいのか、君にはどう見えてるの? などと質問を続けた。小動物のように大人しそうな少年の方は更に困ってしまい、視線を泳がせて口数少なく話をあわせていた。少年が困ってしまうのも無理はない。彼女の黒髪は妙に長くぼさぼさで、服も薄汚れている。眼が妙に大きいせいもあり、怖いとまではいかなくても近づきにくいことは確かだ。
 しかしあの辺りに何かが浮かんでいるらしいことと、それがあの二人だけに見えていることが妙に気になり、彼らの声が聞こえる程度に離れた場所で、携帯電話をいじるふりをして僕は立ち止まった。ちらと二人の方を見ると、彼女が空に指をさして、あれって機械かななどと少年に意見を求めていた。少年の声は秒針の音のように小さく、僕にはよく聞こえない。そうして空と二人を交互に見ているうちに、少年の方と眼があってしまった。あわてて携帯に視線を戻すのも不自然かと、少しの間僕は視線を動かせなかった。
 紙一枚ほどの間をおいて、少年は彼女に何か言って僕のほうにやってきた。
「すいません、あれ見えてるんですか?」
 どきりとしたが、好奇心から咄嗟(とっさ)にああと答えてしまい、彼女もやって来た。彼女は更に嬉しそうに、あれ何だと思いますか、私は小型の偵察機だと思うんですけど、などと話しかけてきた。少年も相変わらず立ち去れないでいたが、一人増えて少しは安心したようだった。彼女と話をあわせながら、僕は何かあるらしい所にまた眼をやった。それでも僕には見えなかった。

「あの三人はあれ見えてるっぽいね。連れてくか」
「え、あのおっさん、本当にあれ見えてるかな?」
「まあ後で確認取ればいいだろ。行くぞ」

'08年12月「道ばたで口をぽかんと開け…」
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もしものはなし

Kasaku2_4花井 杏夏さん 15歳(四天王寺中学校3年)

12月の書き出し
 
道ばたで口をぽかんと開け、空を見上げている人がいた。視線の先を追っても、変わったものはない。
 
不思議に思って少し近づいてみると風貌(ふうぼう)からそれが姉だと理解する。通常の女性より数倍大きいお腹を抱え、それでいて何かきっかけがあれば空へ飛んでいきそうな姉を見ると何か放っておけない気持ちになった。小走りに姉の元へ向かうと姉は視線を空から逸(そ)らさずに、
「みのり」
 と私の名前を呼んだ。私は驚いて、顔を凝視すると姉はやっぱり一定の方向を見ながら(おそらく)私に話しかけた。
「きっと、空っていつかふわふわ飛んでどこかに行ってしまうと思うわ。だってこんなに大きいのにこんなに不鮮明で不確かで、ねえ、私確証のないものって嫌いなの。知っているでしょう?」
 一気に話すと姉はやっと私の方を見た。そしてああ、みのり、とさも今私がいることに気がついたかのように呟(つぶや)いた。私は自然と姉のお腹に目が行く。あの中には、姉の。
「急にどうしたの、姉さん。早く家に帰ろう。体冷えたらよくないよ」
 そう言って姉の手首を掴(つか)み家の方向へ引っ張るが姉はびくともせず、彼女が飛んでいきそうというさっきの表現は間違いであったことを思い知らされた。
「みのり、もし空がどこかへ行ってしまったら私たちどっちもひとりぼっちだね。その時はどうしよう。この子もひとりぼっちになっちゃう。困ったわ。ねえ、空はみんながいて羨(うらや)ましいね。星とか月とか太陽とか、そう思わない?」
 姉はお腹を擦(さす)りながらまた視線を上へと戻した。この人は今きっと情緒不安定なんだ。だからこんなことを言っているんだ。そう自分に言い聞かせ姉の手首を握る力をさらに強める。
「空がどこかに行くわけないでしょう? 姉さん、帰ろうよ。みんな待ってるよ」
 もう一度姉を引っ張ってみる。今度は意外にもすんなりと姉は動いた。ただし、姉のあの焼け付くような扇情的な目は今は虚(うつ)ろで、視線の向きは変わらない。
「楽観的ね」
 姉は力なく呟いた。やめて、姉さん、お願いだから。言葉にならない声が私の脳を揺さぶる。口に出すことは例えばビスケットの欠片ばかりを集める蟻(あり)のようだと思った。そんな風に言葉が安くなることだけは何が何でも避けたかった。行き場のない言葉たちが体中を駆け巡って消化されるのを待っているのがわかる。
「それは、違うわ」
 見えない何かを振り切るように私は歩き出す。姉はもう空を見上げていない。ただ、握り締めた手首に何か冷たいものがぽとり、ぽとりと落ちるのを感じた。そして私は眉間(みけん)にしわを寄せながら、真上からの重圧に、必死に耐えていた。

'08年12月「道ばたで口をぽかんと開け…」
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ジュラシックパニック

入選作品塩谷 友望(ゆみ)さん 17歳(関西大第一高校3年)

■12月の書き出し
   道ばたで口をぽかんと開け、空を見上げている人がいた。視線の先を追っても、変わったものはない。

   気になったので、ちょっとそばに寄ってみる。
   「今、翼竜が空を……」呟きかけ、彼は隣の僕にハッと気づいた。慌てたように口をつぐみ、逃げるようにしてその場を立ち去る。何なんだろう、一体。
   首を傾げていると、茂みから何か飛び出してきた。
   「捕まえてください!」
   どこかから切羽詰まった声が上がる。正体をよく見極めもせずに、僕はとっさに手を伸ばした。ごわりとした皮膚の感触に、ぎょっとする。僕が捕らえたのは、人間の子供ほどもある巨大なトカゲだった。
   「ああ、よかった。ありがとうございます」
   茂みの向こうから、若い女性が現れる。
   「これ、あなたが飼ってらっしゃるんですか?」
   僕の険しい目の先で、彼女は不意を突かれたような顔をして「まさか」と笑った。「これは恐竜ですよ」
   僕は思わずトカゲに回した手を離しそうになった。
   「私はタイムパトロールの者です。時空の制御装置に不具合が生じまして、多くの恐竜がこの年代に転送されてしまいました。しかしご安心ください。綻びはほんの小さなものでしたので、小物しか通れなかったはずです。今は回収作業に当たっているところです」
   エレベーターガールのように落ち着いた説明をするのを、僕は無礼なほどまじまじと見つめた。もしかして、この人……。僕のもの言いたげな視線など意に介さず、彼女は謎のシールをトカゲの背に貼りつけた。
   すると、どうしたことだろう。大トカゲは僕の目の前で、跡形もなくどこかへ消え去ってしまった。
   「い、今何を」
   「さて、次はあなたの記憶を消しましょうか」
   女性が、見たこともない機械をかざしてにじり寄る。僕は反射的に後ずさった。彼女のことが、急に恐ろしく思えてきた。その時、視界の隅をサッと横切るものがあった。僕はすかさずそれを指差した。
   「おい、あれはいいのか?」
   短い前足に、小さい頭……脳みそも小さそうだ。子供ながら、いっちょうまえにがっしりした下半身を持ち、どすどすと土ぼこりを上げて走っている。
   「あれも捕まえてください!」
   言われる前から僕は恐竜の子供を追いかけていた。
   「あなた、捕まえるのうまいですね。記憶を抜かれるのがお嫌なら、これ差し上げます。現地協力者のチップです」受け取った瞬間、それは体に溶けこんだ。しまった、何か埋めこまれた、と思ったがもう遅い。
   「私の担当地区はこれにて終了です。この時代で問題が起きた時は、また協力お願いしますね」
   一礼して彼女は消えた。そういえば男が翼竜を見たと言っていたが、空にも担当者がいるのだろうか。一匹や二匹、捕らえそこねた恐竜がいるかもしれない。

[2008年12月22日掲載]

Alicekara_1 今年最後の不思議の物語は、常連の塩谷さんによるにぎやかな作品。タイムパトロールを出すと簡単に話ができてしまうので便利すぎるのですが、恐竜が飛んだり走ったりで、とにかく楽しい。まるでパーティのようです。

'08年12月「道ばたで口をぽかんと開け…」
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故郷の空は

入選作品島 瑠衣菜さん 18歳 (奈良女子大付属中等教育学校6年)

■12月の書き出し
   道ばたで口をぽかんと開け、空を見上げている人がいた。視線の先を追っても、変わったものはない。

  「何が見えるんですか?」
   彼は今日も変わらずそこにいた。最初こそ物珍しかった彼の姿は、この数ヶ月の間に当たり前の景色の中に組み込まれていた。「いつもここにいますよね?」
   影が出来る程長い睫毛が上下する。こっちに目をやったきり動かなくなった彼に、私は再び問い掛けた。
  「この辺りに住んでるんですか?」
 いよいよ本格的になった北風は、コートの隙間をするりと抜けて体温を奪う。 
 だけれど今日はその瞳が、少し潤んでいるように見えたから。だから声をかけたのだ。いつもなら黙って通り過ぎるこの橋で、冷たい風が吹く中で、わざわざ立ち止まって、彼に。 
  「今日は、星が綺麗ですね」
 相変わらず無口な彼の隣で、私は同じように空を見上げた。ふと緩やかになった風の流れは、彼が纏う空気の穏やかさを助長する。広げた黒いベロアの上に、小さなビーズを撒き散らしたようなそれは、今にも溺れそうな程の距離でそこにあった。 
  「避難しろと言われたんです」
 透き通るような声。驚いて目を大きくした私を控え目に笑って、彼は少し身を屈め、私と視線を同じにした。 
  「この先に、赤い星が見えるでしょう」
 体温が伝わってくる程の距離に、反射的に鼓動が高鳴る。ぴんと伸ばされた人差し指の先に目をこらすと、本当に小さな、小さな、星が見えた。 
  「あの小さい星?」
  「そう。だけれどもうなくなってしまいました。避難勧告が出て、それでここに」
 ほんの少し肩を竦ませて、瞳を物憂げに伏せる。そして目をぱちくりさせる私に気付いたのか、彼はまた小さく笑った。 
  「星の光がこの星に届くまで、気が遠くなる程の時間がかかるんです。だから今見えている星が今、全部あるとは限らない。…分かりますか?」
  「…なんとか」
  「僕の住んでいた星は、この間なくなってしまったんです。だけどこの星からは、まだ僕の星が見える」
 空に視線をゆっくり戻す。ぼんやりと、思わず守りたくなるほど微かに、弱い光を放つ彼の故郷。 
 川の両岸に植わった草が、吹き抜ける風に軽い音の波を作る。頭上に広がるいつかの星は、どれも涙が出る程綺麗だった。

[2008年12月15日掲載]

Alicekara_1 クリスマス前に、星のお話を。「変わったものはない」のに、空に何かを見ている人。見えているけれど失われたものを見ていたのですね。彼が光より早く避難できたことの説明はありませんが、それはまた別の話でしょう。

'08年12月「道ばたで口をぽかんと開け…」
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黄昏時

入選作品芳田 直征さん 19歳 (徳島大工学部1年)

■12月の書き出し
 道ばたで口をぽかんと開け、空を見上げている人がいた。視線の先を追っても、変わったものはない。

 黄昏(たそがれ)時、西から東へとグラデーションで色が変化し、夕暮れの空に闇の量がましてゆくだけだ。
 視線を戻す。空を見上げている人は、相変わらず口をぽかんと開けていた。奇妙な疑問が浮かび上がる。
 その人は、最初に見た時から全然動いていないのだ。
 まるで観光地にある蝋(ろう)人形の様にポーズをつけて立っている。しかし、人形にしては出来が良い。驚いた表情と皮膚のリアルさ、体のバランス。人間としか思えない。
 実は人間で、宣伝や何かのパフォーマンスで、マネキンの様に立っているのか。
 それにしてもここはお世辞にも賑(にぎ)やかな繁華街とは云(い)い難い。こんな場所で宣伝もないだろうし、あんな風に口をぽかんと開け空を見上げているポーズに、何の意味があるのだろうか。ゆっくりと近付くが全く動かない。そっと触れてみた。
 その瞬間、背筋がぞくっとした。
 間違いなく人だ。全く動かないけれど、人形じゃない。なのに、何処(どこ)か感じる違和感。
 僅(わず)かに息がある。脈がある。瞼(まぶた)が震え、そして目だけが何かを訴えかける様に揺れていた。
 胸に拡(ひろ)がる不安。皮膚のすぐ下で何かがざわめく。
 黄昏はゆっくりと夜に包まれ、人間以外の者が跋扈(ばっこ)する時間が始まった。世界を支配する力が交代する。
 突然思い出した。神話やゲームの中の登場人物。
 人を石に変える怪物を。
 まさか……。あれは想像の産物。いるはずがない。
 それにあれは石じゃない。人のままだ。でも全然動かない。そう、まるで石の様に……。
 頭の中が混乱している。心臓の鼓動が激しい。この場所から逃げようとするのに、足が動かない。
 平凡な日常で忘れていた本能が危険を告げている。
 いつの間にか光は消え、周りの建物や空を見上げていた人は暗闇に溶け、只(ただ)一人道に立ち尽くしていた。
 思わず後ろを振り返る。存在するはずのない者の影が滲(にじ)むように揺れていた。
 それはゆっくりと此方(こちら)へ近付いてくる。おぼろげな形だけで、はっきりしない何かの気配だけが濃くなる。瞼を閉じようとするのに、既に体が動かない。
 自分も固定された姿勢のまま誰かに発見されるのだろうか。それとも深淵(しんえん)に飲み込まれてしまうのだろうか。息が詰まる。まるで心臓が止まってしまいそうだ。
 やがて闇で作られた影が目前に立つ。
 昔読んだ本に出ていた、髪の毛が全て蛇の妖女。
 頭の中でページを捲(めく)る。物語が記録になる。
 向かい合った視線に貫かれた瞬間、意識が急速に失われてゆくのを感じた。

[2008年12月8日掲載]

Alicekara_1 冬場にこんなこわい小説ですみません……って私が謝ることはないのですが。黄昏が訪れた街角で、人々がマネキン人形のように静止している情景が無気味です。そして、終盤の盛り上がり。今夜は悪夢を見てしまいそう。

'08年12月「道ばたで口をぽかんと開け…」
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