痩せた男と明るい声

Kasaku2_4渡辺 翔大さん 19歳(関西学院大理工学部2年)

5月の書き出し
 タイマー録画をした番組を見ようとして、びっくりした。思いもかけないものが画面に映ったのだ。
 傷だらけで年代物、中古で安く買ったテレビなので映りが悪く、最初は一体それが何か分からなかった。
 しかしよく目を凝らしてみると、何かの箱の中に無理やり詰め込まれたような体勢でうずくまっているガリガリに痩(や)せた見知らぬ男が、画面いっぱいに映っていることがわかった。
 私がぎょっとして画面を凝視していると、男は下を向いて、しきりにぼそぼそと何か呟(つぶや)いている。
 音量を大きくしてみると、蠅(はえ)の羽音のようなしゃがれ声が聞こえてきた。
「狭ぇ……狭ぇよ……出してくれ」
 どうやら彼は誰かに閉じ込められているようだった。
 男は常に苦悶(くもん)の表情を浮かべており、時々わずかに体を動かして自分を閉じ込めている壁に向かって必死に背中や膝をぶつけるのだが、どうやら箱の壁は相当頑丈らしく、びくともしない。
 と、男のものではない底抜けに明るい声がどこからか聞こえてきた。「ほら、皆さん。この中には確実に彼がいます。こうして動いているのが分かるでしょう?」
 それを合図にザワザワと観衆らしき人々のざわめく声も聞こえてくる。
 なにが起こっているのかわからず、僕はえも言われぬ恐怖を覚えながら画面に見入っていた。
 すると、明るい声の人物のものらしき靴音が次第に近づいてくる音がした。音が大きくなるにつれ、男の青い顔は一層青くなり、彼は死に物狂いで暴れだした。
「おぉ……おぉぉぉおおっ」
 男は涙を流しながら弱々しい声で必死に叫ぶものの、観客のざわめきに掻(か)き消されてしまってその声は誰にも届かないようだった。
 明るい声の人物は、痩せた男が閉じ込められている箱の傍までやってくると、先ほどよりも明るく、嬉(うれ)しそうな声でこう叫んだ。
「では、これから彼に向って三本の剣を突き刺します。もし彼が生きていたら盛大な拍手をお願いします!」
 そう煽(あお)られて、歓声は否応なしに最高潮に高まる。
 痩せた男はそれを聞くやいなや、絶望の表情を浮かべ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でこちらを向いたかと思うと、何かを叫ぼうと口を開き――。
 ブツン、とそこで映像は終わっていた。
 僕は震える手でビデオデッキの録画開始時間を見た。
 すると、間違えて僕がこのテレビを買った丁度一カ月前の日時を録画開始時間にしてしまっていたことがわかった。過去の番組なんか、録画できるわけがない。
 僕は息を飲んだ。
 よく見ると、このテレビには所々黒ずんだシミがある。それに、大きな傷が三つもある。
 もしやあの痩せた男は、昔このテレビの中に……。

'09年5月「タイマー録画をした番組を…」
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未来予知ビデオ

Kasaku2_4辻 健太さん 22歳(東京大教育学部4年)

5月の書き出し
 タイマー録画をした番組を見ようとして、びっくりした。思いもかけないものが画面に映ったのだ。
 そこに映るのは見紛(まが)うことなき自分の顔だ。一大学生でしかない僕の肩書きは今や《行方不明》らしい。
 そんなばかな。確かに世間には暫(しばら)く顔を見せていないが、逆にこの部屋には常駐しているのだ。アパートにも探しに来ないなんて、警察はどれだけ怠慢なんだ。
 ともあれ、このまま放っておいて勝手に死んだことにされては堪らないと、僕は受話器を手にとった。
 警官は想像していたよりもずっと丁寧に応対してくれたが、彼が返した言葉も意外なものだった。
「そのような捜索願は出ていませんねぇ……」
 本来なら当たり前のことだ。僕の行方は明らかだから。でも、それなら僕が見たニュースは何だったのか。
 問題のビデオを改めてみたが、やはりそこには紛れもない僕の顔写真があった。違うのは少し肉がついた頬(ほお)ぐらいで、他人の空似では済まされない。
 何度もビデオを見るうちに、僕はもう一つの奇妙さに気がついた。録画予約の日付が十日進んでいたのだ。
 どういうことだ? 日付が十日進んでいるのはそう不思議なことではない。単なる入力ミスだろう。しかし、録画予約が実行されたというのは……。
 まさか? とは思うが、確かめるのは簡単だ。
 ネットで主要なニュースをすべて調べた。例のビデオに映るのはここにないニュースばかりだ。
 ……未来予知ビデオ。ばかげた考えだと思ったが、なぜか考えれば考えるほどに真実味を帯びていった。
 僕は十日後には行方不明になっている。何が起こるのかはわからない。当の本人が行方不明なのだから、ニュースにもわかるわけがないのだ。
 僕の身に、いったい何が起こるんだ……?
 言葉にならない不安が胸の中に押し寄せる。
 玄関に鍵をかける。絶対外に出るわけにはいかない。さらに、携帯電話の電源を切る。誰の誘いにも乗ってはいけない。これで大丈夫だ……。
 しかし、外界との接触を完全に遮断すると、今度は別の考えが浮かんできた。
 この遮断こそが行方不明の正体なのでは?
 そうかもしれない。そうかもしれないが……。
 そのとき、不意に玄関のチャイムが鳴った。ピンポン、ピンポンと、しつこく何度も鳴らされる。
 誰だ? 誰が来たんだ? 出るべきか? 出ないべきか? 僕の生存を確認させておくべきなのか? しかし、僕は十日後には行方不明なのだ。今ここで何かが起こっても不思議ではない。しかし、出ないと……? 思考は堂々巡りし続け、不安ばかりを生み出す。
 机の上に投げ出された鋏をちらりと見る。
 くそ、わからないことを考えても仕方がない。もう考えるのはやめだ。開き直った僕は、決意を固めた。
 チャイムは相変わらず鳴り響いている。

'09年5月「タイマー録画をした番組を…」
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つみびと

入選作品田中 智香さん 18歳(京都府立福知山高校3年)

■5月の書き出し
 タイマー録画をした番組を見ようとして、びっくりした。思いもかけないものが画面に映ったのだ。

 公園のような場所だ。映っているのは少年。3歳くらいだろうか。麦藁(むぎわら)帽子をかぶっている。
 最初は、違う番組を録画してしまったと思ったのだが、どうやら録画自体がうまく出来ていなかったらしい。元からこのディスクに収録されていた、俺の幼少期の映像だと気づく。
 休日になれば幼い俺を外へ連れ出し、ビデオカメラ片手にはしゃいでいた父親を思い出して、クスリと笑った。
 俺はベッドの方をふり返って、彼女の様子を窺(うかが)った。まだ眠っているようだ。そっとテレビの音量をオフにすると、再び画面に見入った。
 画面の中の俺は、うつむいて、一心に何かを踏み潰(つぶ)しているようだった。ぽってりとした頬(ほお)は、ピンク色に上気している。カメラが足元をアップで映し出す。踏み潰していたのは、蟻(あり)の行列だった。俺は顔をしかめ、映像を早送りした。
 無音のまま、様々な場面が、せかせかとした動きで映し出される。初めは懐かしい想(おも)いでそれを眺めていた俺だったが、徐々に、違和感を覚えだした。
 早送りを止め、じっくりと映像を見る。画面の中の俺は、中学生にまで成長し、万引きしたCDを片手に走っていた。画面が切り替わり、高校生の俺が映る。トイレで煙草(たばこ)をふかしている。おかしい。親父(おやじ)がこんなところでカメラをまわせるはずも無い。
 いったい何なんだ、この映像は。俺は薄ら寒い気分になった。万引き。喫煙。まるで俺の罪を糾弾するような内容ばかりじゃないか。
 ちらりと彼女を確認する。大丈夫。まだ眠っている。
 テレビに目を戻すと、場面が変わっていた。男が映っている。場所はこの部屋だ。
 画面の端から女が現れた。泣いている。男は不機嫌そうに、女に何か言っている。女はヒステリックな様子で言い返す。激しい口論の末、男が女につかみ掛かった。ベッドに押し倒し、馬乗りになる。女の首を掴(つか)んでいる。女は暴れたが、男が首を絞めつづけると、だんだんに大人しくなっていった。
 俺の呼吸は荒くなる。画面が切り替わり、顔面蒼白(そうはく)の男の顔が映し出された。
 画面の中の俺と、目が合う。鏡をみているようでもあるが、画面の中の俺は、ワンテンポまばたきが遅い。
 画面右上、俺の肩越しに映る、横たわった彼女の白い背中を見る。音量を上げる。俺の呼吸音だけが、虚(むな)しく部屋に響く。
 「彼女はもう起きない」
 俺が呟(つぶや)く。
 「彼女はもう起きない」
 画面の中の俺はそう繰り返すと、少し笑った。

[2009年5月25日掲載]

Alicekara_1 とてもサスペンスがあります。ラストのたたみかけも迫力満点。ただ、「俺」が「眠っている」彼女の傍らで録画した番組を見ようとした経緯がわかりません。不条理な説明でもいいから、ひと言あればなおよかった。

'09年5月「タイマー録画をした番組を…」
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アニマル

入選作品真川 菜央さん 19歳(関西大文学部2年)

■5月の書き出し
 タイマー録画をした番組を見ようとして、びっくりした。思いもかけないものが画面に映ったのだ。

「…ウサギ?」
 どこからどうみても只(ただ)のウサギが、画面にどアップで映っている。動物番組を取った覚えは無いのだが、どうやらチャンネルを間違えたらしい。
「一応言うといたるけどな、番組間違えたんとちゃうで」
 ウサギが自分に向かって喋(しゃべ)ってきた。しかもコテコテの大阪弁。…喋った?
「何で喋れんのかとかは突っ込まんといてな。説明すんの面倒やし」
 しかもものぐさである。
「もう少しかわいらしい仕草(しぐさ)を出来ないのか。本当にウサギなのか?」
「まずそこ突いてくるか! 何や最近の若い者は考えてる事ようわからんなぁ」
 アイデンティティーの揺らぎを感じたらしい。悪い事をした。
「何か用?」
「冷たいやっちゃなぁ。まぁええわ。あんた、うちとコンビ組まん?」
「ウサギさんとコントをする気はないぞ」
「コント? ちゃうちゃう、もっとおもろい事や。どうする、話乗るか?」
「聞いてから考える」
 そんな胡散(うさん)臭い話に、聞きもせずに乗る方がおかしい。
「聞いてしもたら後戻り出来んからなぁ…。それやったらしゃーない、この話はなかったっちゅう事で」
 ウサギは最後まで言い終わると、一人で勝手に納得した様に画面から掻(か)き消えた。気がつけば、元々見ようと思っていた番組が再生されている。誰かの嫌がらせだったんだろうか。
 10年前のあの頃の事を久々に思い出した。話に乗ってみるのも悪くなかったと、今になって思う。あの変なウサギはどうしてるだろう? 寿命を迎えてしまったかも知れない。何せウサギだ。
「レンタルビデオでも見るか…」
 最近では忙しくて、テレビを見れなかった。再生ボタンを押す。次の瞬間、あの時の奇妙な感覚が蘇(よみがえ)ってきた。
「はじめまして」
 画面に映っていたのは、此方(こちら)に向かって丁寧に挨拶(あいさつ)するクマだった。

[2009年5月18日掲載]

Alicekara_1 あっけらかんとした不思議の物語です。「説明すんの面倒やし」ということで、どういうことなのかの説明は一切ありません。ウサギの大人びたしゃべり方も、ぶっきらぼうな題名も可笑(おか)しい。なんだか癒されました。

'09年5月「タイマー録画をした番組を…」
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見てはいけないモノ

入選作品神部 匡美さん 17歳(プール学院高校3年)

■5月の書き出し
 タイマー録画をした番組を見ようとして、びっくりした。思いもかけないものが画面に映ったのだ。

 「何で私が…?」
 驚きから、思わず画面にくぎづけになる。
 昨夜私は、いつものように大好きな俳優が出演している番組をタイマー録画したはずだった。
 それなのにテレビ画面に映っているのは、今現在の私自身なのだ。画面のむこう側にいる私は、私と同じ行動をする。まるで鏡を見ているみたいなどと観察していると、いきなり画面の中からインターホンが鳴り響いた。むこう側の私は立ち上がり玄関へ向かうが、こちら側ではインターホンは鳴っていないので、このテープは今の私とまったく同じという訳ではないらしい。しかし一体これは何なのだろうと考えこんでいると、今度は私の悲鳴がテレビの中から聞こえた。
 何事かと画面を注視していると、悲鳴とともに聞こえてきたのは、人を殴ったときの鈍い音や抵抗するような音だった。音が止(や)むと、ズルッズルッと何か重たいモノを引き摺(ず)るような音が近づいてきた。
 すると、画面には見覚えのあるような、ないような少女が変わり果てた姿の私を、丁度画面の中央にくるように置くと、突然こちらに振り向いた。
 少女の姿は、異様だった。青白い顔に、真紅の唇が対照的だ。据わった目は微(かす)かに血走っている。
 少女は「見ィツケタ…。次ハアナタノ番ヨ…」と言うや否や、画面からこちらの世界にやって来た。
 物凄(ものすご)い力で少女は私を画面の中へ連れ込もうとする。もちろん私は、少女に抵抗する。
 しかし、抵抗しているうちに私は気づいてしまった。この少女には逆らえない。あのビデオを見てしまった時点でもう手遅れだったということに…。
 そして私は、そのまま少女に引き摺られるように画面の中に連れ込まれた。
               ***
「今入ってきたニュースです。先日から報道されている謎の連続失踪(しっそう)事件について、先程警察の方から発表がありました。こちらのフリップをご覧下さい。今日までに四人の女性が失踪を遂げています。こちらの昨夜失踪したと思われる四人目の被害者女性の自宅から三人目の被害者少女の所持品と思われる髪留めが発見されたとのこと。警察はこの女性と少女の関係性と他の失踪者の行方についても調査中とのことです」
「○○さん、その失踪した少女の所持品というのは、またビデオデッキの近くで発見されたのですか?」
「そのようですね。これまで同様、失踪された方の所持品が次の被害者宅のビデオデッキ付近から、発見されるというパターンのようです」

[2009年5月11日掲載]

Alicekara_1 ホラー小説……というより、紙の上のホラー映画という感じ。題材がビデオの映像だから、なおさら。緩急がきちんとついていますね。私の小説でみんなを怖がらせてやるぞ、と作者が楽しんで書いたのが伝わってきます。

'09年5月「タイマー録画をした番組を…」
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