キラリ。

Kasaku2_4藪 咲英さん 21歳(大阪大谷大薬学部4年)

7月の書き出し
 その少女は坂の上に立っていた。入道雲を背にして。脇に抱えているのは、スケートボード…?
 そんな夢を見て、目が覚めた。

 数年前に付き合っていた男と酷(ひど)い別れ方をしてからは、あれ程輝いて見えた景色もモノクロで、何に対しても、大した興味が持てない。短大にも何となく行かなくなって、辞めてしまった。親に悪いと思いながらも、今やニート寸前。
ベッドの上から見えるのは床がない部屋。
 部屋が散らかっていても気にならない。だって自分しか見ないし。Gさえ出なければ問題ない。それでも、自分にあるらしい限界点を超えると徹底的な掃除が始まる。窓から見える太陽はもう低くない。

 青い空に浮かぶ太陽は白く見えるのに、どうして赤や橙(だいだい)で描くのだろう。と、どうでもいいことを考えながら漸(ようや)くベッドから出て、一人大掃除大会が開幕する。
 片づけをしていると、収納スペースに困ってきて、部屋の掃除どころかクローゼットや押し入れの整理も始まる。折角(せっかく)床が登場し始めたのに、新たな客でまた埋められていく。押入れに頭を突っ込んでガチャガチャしていると、見慣れない箱が出てきた。明るいところに出してきて、中身を確認しようと蓋(ふた)を開けた。

 開けなければよかったと思った。
 中から出てきたのは、あの男との所謂(いわゆる)思い出の品。(なんで捨ててないねん、あの時の自分!!)
 自分にガッカリだ。過去の自分にも、そのまま蓋をせずに中身を確認しながら出している進行形の自分にも。
 輪ゴムで無造作に留められた写真の束も入っていた。一番上には高校生くらいの少年少女5人がスケートボードを持って、全員がニカっと笑っている写真。あの時はスケボーが楽しくて仕方なかった。風を切って滑っていると周りが、自分が、輝いていると感じた。
  最後の写真の上では、入道雲を背にした自分が、坂の上でスケボーを抱え、こちらに向かってこれ以上ない幸せな顔をしている。それが他人事のように、可愛いと思った。プリクラでは作れない可愛さがあって、無性に哀しくなった。
 同じ自分じゃないみたいだ。

 思い立って、押入れに頭を突っ込み直した。捨てられなかった、ボードを探し当て、部屋を飛び出した。玄関では久々に履くスニーカーを発掘し、外に出る。
  太陽はそれなりに傾き始めていて、大きな入道雲が出ていた。この分だと夕立に遭うかもしれない。それすらも懐かしく感じ、今の自分なんて夕立に遭って少し反省しろと、またも他人事のように思いながら、ボードに乗り、入道雲の方へ地面を蹴った。

'09年7月「その少女は坂の上に…」
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女神

Kasaku2_4正木 かおりさん 16歳(四天王寺高校2年)

7月の書き出し
 その少女は坂の上に立っていた。入道雲を背にして。振り返った島の山の頂上からこちらを見下ろしている。
  見間違えかと一度瞬(まばた)きをした次の瞬間には、少女はそこにいなかった。首を傾(かし)げる暇もない。水兵たちが慌てふためいている。水平線の向こうに敵が、見えた。
  予想よりもはるかに多い船の数。周りに落ち着け! と怒鳴っている自分も、内心は焦っているのは分かっている。この状況をどう切り抜ければいいというのだ。
「どうしてあなたは戦うの?」
 突然聞こえた、戦場には似つかわしくない女の声。驚いて見ると、あの少女がいた。真っ白な少女の服が青空にはためいて、その鮮やかなコントラストに少しくらりとした。
「どうしてあなたは戦うの?」
 少女はもう一度尋ねてくる。頭に直接響くような声。まだあどけなさの残る、しかし力強く、貫くようなまなざし。
「敵が、シリアが、憎いの?」
「いや、そうじゃない」
 そう答えてしまってから、はっとした。少女にはどこか有無を言わさぬ力があった。なら、なぜ? と紡ぐ赤い唇。
「守るためだ。ロドス島を、家族を、子どもたちを。みんなを、そして未来を」
 値踏みするように、少女はその言葉を聞いていた。そして試すように質問する。
「たとえ、相手も同じだけの守るべきものを背負っていたとしても、あなたは戦うというのね?」
 少女は息を詰めて答えを待つ。敵船が迫ってくる。
「お互いさまだろう。文句なんて言うまい。負ければ静かに海の底に沈むだけさ。命を張らないで、大切なものは守れない」
 いつの間にか消えていた周りの音が、戻ってきた。少女の髪が風になびく。
すっと一つ息を吸った。
  「けれど本当に守りたいものは平和な未来だ。我々の島だけの未来ではない。ギリシアの未来であり、シリアの未来であり、そして世界の平和な未来。戦いで、大切なものを失わないですむ未来。必ず来ると信じている」
 少女の鮮やかな群青色の目と、目が合った。
「私も、信じるわ」
 その瞬間、少女はふわりと宙に浮いた。大きな翼。白い羽が舞う。舳先(へさき)に降り立ったその姿は、
「ニケ……」
 勝利の女神は少し振り向いて、ふっと笑った。
 両手を大きく広げて真っ直ぐ前を見据える。追い風を感じた。
「さあ、進め!」

'09年7月「その少女は坂の上に…」
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虹色の少女

Kasaku2_4奥村 知恵さん 21歳(同志社大法学部4年)

7月の書き出し
 その少女は坂の上に立っていた。入道雲を背にして。少女はお椀(わん)をふせたような小高い丘の頂上で、天を仰いで両手を広げ、小声で呪文(じゅもん)を唱えている。坂の下には半球形を取り巻くように数万人の村人がひれ伏して、額を地面に擦りつけている。入道雲の行方には、この大群衆の運命と、少女の命がかかっている。雨が降らねば少女は殺されやがて村人達の命もない。
どこからともなくやってきた、言葉の違う人をまね、誰かがはじめた米作り。しかしここ数年来の日照り続きで備えてあった米は尽き、飢餓は目前に迫っている。
 食べ物を求めてひたすら彷徨(さまよ)う採集狩猟生活から、水のそば、暮らしやすいところを選ぶ農耕定住生活へ、それは確かに日々の暮らしを豊かにして、多くの幸をもたらした。人は増え、しかし採集狩猟の知識は忘れられ、二度と元へは戻れない。
 何人もの呪術師達がやってきて、貢ぎ物と引き替えに、雨乞(あまご)いの儀式を申し出る。飢えたる人は、なけなしの備えを差し出して、礼を尽くしてすがりつく。最初に来たのは数百人もの手下を連れ、たらふく飲み食いした挙げ句、姿を消した太っちょ男。二番目は、貢ぎ物を受け取って、神に捧げると言い残し、森に入ってそれっきり、黒装束に鋭い目つきの小柄な女。それからも、次から次へと呪術師達がやってきた。
 村人達もそういつまでもは騙(だま)されない。信じた顔はするけれど、秘(ひそ)かに間者に見張らせて、逃げる素振りを見せようものなら襲いかかって生け贄(にえ)がわりに葬り去る。雨を降らせぬ者達にも同じ運命が待っている。
 つい今し方、三人の呪術師達を血祭りにあげ、殺気だった村人の前に、どこからともなく小さな少女がやってきた。少女は黙って丘に登り、天に向かって両手を大きく差し伸べた。と、その手の指す方向に、ちっぽけな入道雲があらわれた。村人達は驚き思わずひれ伏した。しかしそれっきりでなかなか大きくならない入道雲。同じ姿勢で3時間、しびれを切らした大群衆が手に手に武器を握りしめ、少女に向かって坂を駆け上がろうとしたその瞬間、ポツリと雫(しずく)が落ちてきた。この水滴をきっかけに、入道雲は猛烈な勢いで全天を覆い、滝のような大雨をもたらした。姿勢を変えずに次第次第に高まる声で呪文を叫び続ける少女の姿に大群衆はおののいて、再び泥水の中にひざまずく。
 やがて雨が上がって虹を背に、少女は大きく頷(うなず)き手をおろし、人々を憐れむように微笑んだ。
 それから秋の収穫まで、少女が空に向かって両手を伸ばせば雨がふり、祈りをやめれば日が差した。これは奇跡か偶然か、理由はどうあれ少女が立ち去ることはあまりに惜しい。何処(どこ)へも行かせぬ、誰にも渡さぬ、広い屋敷に招き入れ、何百人もの召使いを奉る。
 文字のない、口承伝承だけが頼りの時代、少女の行いは歴史に残る事実となった。卑弥呼と崇(あが)められたこの少女、今も謎に包まれて、人々の心を惑わせている。

'09年7月「その少女は坂の上に…」
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雨が来る

入選作品柳 直樹さん 22歳 (大阪府八尾市)

■7月の書き出し
 その少女は坂の上に立っていた。入道雲を背にして。

 両肩には革のベルトがかかっている。鞄を背負っているように見えるが、背中にはなにもない。
 だが、
(重い……)
 少女はなにかを背負いなおすように、肩を揺らした。背中はじっとりと汗ばんでいる。早くコレを売りさばいて、楽になってしまおう。
 坂をくだっていくと、遠くから「すいませーん」と声をかけられた。若い女性が小走りに駆け寄ってくる。
「入道雲売ってください」
「どれぐらいの大きさがいいですか?」
 これぐらい、と女性は手で形を作った。
 少女は肩のベルトをはずし、はるか遠くにある入道雲に向きなおった。三〇センチほどの長さの棒を取り出し、雲に向かって指揮棒のように振るう。入道雲は、女性が示した大きさに切れた。
「どちらまで運びましょうか」
「あっちの畑までお願いします」
 言われた方向に向かって棒を軽く振ると、切り取られた入道雲はふわふわと飛んでいった。
 女性から料金を受け取ると、少女はベルトを再び肩にかけた。歩き出すと、入道雲も一緒についてきた。
 五分と経たないうちに、中年の男性に呼びとめられた。流れる汗をタオルでしきりに拭いている。
「そこの田んぼに頼むよ。できればおっきなやつを」
 少女はうなずき、大きめに入道雲を切ると田んぼの真上に飛ばした。すぐにぽつぽつと大粒の雨が降りはじめたので、傘をさした。雨はやがて滝のような大雨となった。
 雨は五分ほどでやんだ。男から料金を受け取ると、入道雲を背負いなおした。
 肩ごしに振り返り、軽く嘆息する。
 暑い日が続く中、雨を望む客は多い。しかし、今日の入道雲は少し大きすぎる気がした。はたして、一日でさばききれるだろうか。
 少しも減った様子のない雲の重みを感じながら、少女は歩き出した。

[2009年7月27日掲載]

Alicekara_1 「入道雲を背にして」って、本当に雲を背負っていたわけですか。揚げ足をとられてしまいましたが、その思いつきから楽しい物語を作ってくれました。大きくて、のびやかで、気持ちがいい。夏によく似合う物語ですね。

'09年7月「その少女は坂の上に…」
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最後の遭遇

入選作品熊澤 辰徳さん (神戸大理学部4年)

■7月の書き出し
 その少女は坂の上に立っていた。入道雲を背にして。
灰色の空にぼうと浮かぶ、青白い雲の塊が少女の姿を映し出していたから、そこにいるらしいことが、かろうじて確認できた。
 鳥の尾羽のように風になびく少女の長髪が。私の眼(め)ではシルエットとしてしか見えないが、それは確かに少女であるようだった。いや少女にしか見えなかった、私には。これまでの記憶に照らしてみても、それが少女以外のものだと見ることが、私には出来なかった。微細な粒子交じりの風が、強く吹いていた。
 長袖の少女には右腕がないのか、右袖の薄い生地が旗のようになびいていた。今、存在するためには、それくらいの代償は仕方がないことだった。私も左腕を諦(あきら)めることで何とか、私の消滅を免れたのだ。しかしもはや、欠失だけで消滅を逃れることが困難になりつつあった。私の存在を認識し、肯定できる眼が必要だった。だからこそ、あそこに少女がいる事が、私には安堵(あんど)であり喜びであり、そして存在の肯定そのものだった。影が微(かす)かに震えて見えた。
 私は丘のようになっている坂の上へ歩いた。少女にしか見えなかった。恐らく私の存在も、少女にしか見ることが出来ない、言い換えれば、少女には私が見えるはずだ。帯電した粒子を含んだ風が、容赦なく私を襲った。ばたばたと塵(ちり)が霞(かすみ)のように吹き上がり、少女の姿を曖昧(あいまい)にした。
 眼の不在は、存在を確認し、証明する存在の不在にほかならなかった。誰かが私の存在を証明しない限り、私が存在していることを肯定することが出来なかった。だから私には、眼が、眼を持った少女が、必要だった。それは少女にとっても同じはずだ。不安定な地面に足をすくわれそうになりながら、私は丘へと向かった。
 暴力的な嵐が坂に発生し、少女にぶつかったのが見えた。霞にまみれてはっきりと見えなかったが、真(ま)っ直(す)ぐ立っていた少女の影は体勢を崩し、積み木のように倒れこんだようだった。私は急いで丘に向かった。
 私はそこにたどり着き、少女――に見えていたものと会った。そこに存在していたのは、ただの断片データ、それもかなり劣化が進んでいる、残骸(ざんがい)同然のデータだった。かろうじて人間のような姿を投射していたのが、帯電粒子まじりの嵐に打ち付けられて消滅したようだった。絹のような白い服の切れ端だけが、いまだ吹き続ける風にひらついていた。喜びは悲しみに変わり、私の存在もこの強い電子風に浸食されて、徐々に消滅していることを感じた。
 その消えかかった布地を右手で取ると、かつてここで存在の否定に抵抗していただろう少女の姿が想像された。その姿がこれまでの自分と重なり、居たたまれない悲しみが湧(わ)き起こった。
 ぶわとひときわ強い風が私を襲い、視界に無数の欠落がで011100001011

[2009年7月13日掲載]

Alicekara_1 うーん、一部にくどく感じる文章があるけれど、これはカッコいい。さながらデジタル・ゴースト・ストーリーですね。0と1のデータだけで創られた世界が、突然、砂のように崩れてゆくラストにうっとりしました。

'09年7月「その少女は坂の上に…」
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夏の始まり

入選作品石田 宗之さん 21歳(立命館大文学部2年)

■7月の書き出し
 その少女は坂の上に立っていた。入道雲を背にして。

 その横には犬が一匹。
「元気出せよ。泣くな」
 犬が喋る。
「泣いてなんかないよっ」
「じゃあ、何でそんなに辛そうな顔してる」
「辛く、なんかないよ……」
 確かに涙は流していなかったが、顔を歪め、少女は喉に詰まるような声を出す。彼女は今し方、一通のメールを受け取った。愛しい、恋人だ。中学三年の夏、受験生の夏。お互いを支え合って、面白くも何ともない毎日に面白さを見つけ合って、乗り越えた来年について色々話し合って。とにかく何かをし合うことで、お互いの長い受験生活を紛らわす事が出来た。いや、出来たと思っていたのだ。
 メールに書かれていたのは、短い文章だった。『何か最近重たくて辛い。ごめん、別れたい。』と。知らず知らずの内に私はそんなに彼に荷物を持たせていたのか?
 暗い自室で机に向かっていることに耐えられなくなり、ケータイを畳んで机の上に放り出し、彼女は庭に出て、愛犬の体に散歩用のリードを付けた。
 走った。隣を犬が並走する。今日は気持ちの良い晴れの日だ。外は気の早いセミが鳴き始めていて、ちょっと蒸し暑い。一人と一匹は息を切らして走る。景色を後ろに流し、人とすれ違う。少女は歯を食いしばって、鼻で息をしている。犬は対照的に、舌を振り回し一定のリズムで呼吸をしている。坂を駆け上がる。そして、町を見渡せる丘の上の公園に着いた。
 走っている間は、足を動かし、呼吸することに集中していた。だが、こうして街を見下ろすと色んな事を思った。夏、花火大会。帰り道。告白。笑顔。繋いだ手。喫茶店。チーズケーキ。映画館。初めてのキス。
 思い返すと、ステレオタイプのような、分かりやすい恋だった。それでも、自分にとってはそれ以外が目に入らなくなるような、自分だけの恋だった。視界が曇る。もしかしたら、この先また恋をするのかもしれない。でも、今は考えられない。視界を曇らせた原因は、そのまま顔を滑り落ちていく。
 犬が人間の言葉を喋るはずはない。ただ、心配そうにこちらを、優しげに私を見てくれているだけだ。ちょっと頭の中で、同情してくれてるんじゃないかと思っただけだ。でも、犬が息を吐き出す顔つきは、彼女に元気出せよ、と言わんばかりに笑っているように見えた。
 彼女が座り込み、顔を背中に埋めると、犬はちらっと背中を振り返った後、じっとしていた。彼女は、声を押し殺して、泣いた。
 陽射しは強く、セミの声は大きくなる。夏が始まった。

[2009年7月6日掲載]

Alicekara_1 若々しく、とても素直でストレートな小説です。失恋の悲しみをなぐさめてくれるのは、愛犬だけではありません。空や雲や、太陽やセミの声も、きっと傷ついた心を癒やしてくれるでしょう。美しい夏の物語になっています。

'09年7月「その少女は坂の上に…」
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