氷の童話のある情景

Kasaku2_4佐々木  紀子さん 23歳(アルバイト)

1月の書き出し
 マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」

 少女は顔をあげた。声をかけたのは、千鳥足で路地の奥からやって来た、ホームレスの老女だった。
 ――私は驚いて、火を吹き消してしまいました。アラル アラメ……。するとその人は、まぶしそうに目を閉じたのです……。
 この日はぽっかり晴れたクリスマスで、私はおばあちゃんに赤い厚手のコートを買ってもらいました。喜んでさっそく着て帰ると、暖かい部屋には上品なキャンドルや、七面鳥やケーキが真っ白なテーブルクロスの上にならびます。ツリーには赤や青や黄色の電球が、ピカピカ交互に光っています。
 ところがキャンドルに火を灯し、見つめたとき、不思議です。私はどうしようもなく、ふらりと外を散歩する気になりました。新しい赤いコートを着て。
 外は真っ暗で、しんしん雪が降り始めています。
 手がすでに氷のようです。左手にぎゅっとにぎったままのマッチ箱は、形がいびつに歪(ゆが)みます。家の裏の細い路地の、壊れた街灯の下にしゃがんで、手をぬくめようとマッチを擦りました。 
 すると、待っていたかのような吹雪です。かすかな炎を消し去り、誰かの家の庭の木の、大きな黒い塊をざあざあと笑うように揺らしました。胸が凍るような息をすいました。
 そうしてふと思います。いつか、おばあちゃんに本を読んでもらいました。それは少女が、マッチの炎の中に美しい幻をみるといったもので、少女の本当の灯火はこの世にないのでした。そこが一番好きなのです。少女のまねをするように、もう一度マッチを擦ります。ところが、当たり前のようですが、闇の暗さがもっと深くみえるのです。あれ、壊れた街灯の上には、まっさらな雪があんなに早く積もるのでしょうか?
 しかし……不思議です。ただじっと炎の熱を見つめると、いま着ている真新しい赤のコートが、だんだん不似合いでおかしくみえるのです。

「何が見える?」
 暗い路地裏のむこうから、ホームレスの老女が通りかかって、尋ねる。目を白黒させた真っ赤なコートの少女は、パッと火を吹き消す。
 二人の頭に雪が積もる。 
「アラル アラメ……」老女はぶつぶつと賛美歌を口ずさんで、まぶしそうに目を閉じる。
 そして今度は確かな足取りで、家路を急ぐ人たちが行き交う大通りの、鮮やかな大雪の中に溶けて。……
 アラル  アラル  アラメ。アラル  アラル  アラメ。

'10年1月「マッチを擦り、闇に…」
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火だ。

Kasaku2_4熊澤 辰徳さん 21歳(神戸大理学部4年)

1月の書き出し
 マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」

「火。」
「おー正解。でも危ないから手を近づけないでね」
 そう言われると、少女は頷(うなず)き静かに火を見つめた。彼はろうそくを金属製のろう立てにすえ、机においた。
 さっきいきなり停電になり、不安そうに彼にすがりついていた少女は、ろうそくの火を見て幾分落ち着いたようだった。少女はちらちら揺れる火を無心に眺め続けている。
 少女の叔父である彼は、言葉の不自由な少女の扱いにもかなり慣れている。仕事柄何日も家を空けることの多い彼女の父、つまり彼の兄に代わり、また二年前に亡くなった少女の母に代わり、彼が少女の面倒を見る機会が多かったからだ。
「もうしばらく電気つかないかもしれないし、ちょっと早いけどもう寝ようか」
 彼がそういうと少女は「ん。」と答え、ろうそくを持った彼について洗面所へ行き、おぼろげな明かりの中で歯を磨いた。そして手さぐりで布団を敷き、一旦(いったん)ろうそくを枕元に置いて、まだ眠くない少女のために彼が作った物語を話して聞かせた。
 少女が初めて言葉を話したのは三歳の時、それもただ一言「あ、」と言っただけだった。それは丁度(ちょうど)、少女の母が息を引き取ったのを見た時に、少女の口から漏れた言葉だった。それまで何故(なぜ)か全く喋(しゃべ)ることが出来なかったので、これからはいろんな言葉を話せるようになるかと思われたが、来年から小学生になるというのに、未(いま)だに一文字以上の言葉を発することは出来ないでいる。だから少女は、一文字で答えられる質問をされることが大好きだった。
 寝付いて少しした後、少女が不意に目を覚まし、枕元でまだ燃えていたろうそくをじっと見つめた。そして「火。」とつぶやき、おもむろに火に手を伸ばした。火が熱いものと知らない少女の指が橙色(だいだいいろ)の光に炙(あぶ)られると、少女は「あ、」と声をあげ、手をはたはたさせた。そのはずみでろうそくは倒れ、ちろちろとカーペットに、そして布団に火が移っていった。少女は「火、」とつぶやいたきり叫ぶことも出来ず、彼をゆすったがいっこうに起きる気配がなかった。指先の焼け焦げた熱さを思い出して怖くなり、少女は必死で炎から逃れ、声も出さずに泣きながら家から出た。
 ひくひく泣いている少女を見かけた近所のおばさんが声をかけたが、少女が「ひ」としか言わないので、少しして彼の家から煙が出たのを見るまで事態をのみこめなかった。やがて本格的に家が燃えはじめても、少女は「火」としか言えなかった。しかし、やっと消火活動が始まったころ、少女は急に「火だ。」と言った。それが丁度、彼が帰らぬ人となった時と一致したことには、さすがに誰も気づかなかった。

'10年1月「マッチを擦り、闇に…」
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最後の灯火

Kasaku2_4板山 彩実さん 19歳(同志社大法学部1年)

1月の書き出し
 マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」

「何も見えない」
「だよねぇ」火をかかげる姉が首をかしげたようだ。
「普通なら見えるはずなのにね。おかしいね」
 そう言う姉の顔は闇に覆われて全く分からない。唯(ただ)不思議と、姉と思わしき人の手だけがうすぼんやりと闇に浮かび上がっていた。その手に向かって僕は言う。
「ホントにおかしいね。光線って、何か遮るものがないとどこまでも続くものじゃなかったっけ?」
 夏のキャンプでそう教えてもらった。懐中電灯を何メートルも距離がある山にむけると山肌に、くっきりと丸い光の円が出来ていた。あんなに遠い山の木々だって自分の手元にある光で照らせたのに。
「何で目の前にいるお姉ちゃんの顔は見えないの?」
 まつげを焦がしてしまいそうなほど、火を顔近くにかかげた姉が微笑(ほほえ)んだ気配がした。
「しょうがないのよ、だって」
 マッチを握っている姉の手は、つやつやと鈍く輝く。
「これ以外のこの世界のものは、もう消えたんだから」
 そう、実を言うと、僕らは今世界に二人きりなのだ。何故(なぜ)かというと、ほんの一月かそこら前に、いきなり世界のいろんなものが消え始めた。僕の友達、姉のピアノ。僕の家、姉の恋人。あっという間に消えていって、僕の周りには、姉と姉が握りしめていたマッチしか残らなくなった。細く今にも消えそうな火と輝く手以外もう、僕の世界には何も見えない。
「お姉ちゃん、これからどうしようか。というより、僕はまだこの世界にいる?」
 自分の手も顔ももう見ることができないから、何だかまだ自分に人の目に見えるような実体があるのかも、あやふやだった。
「わからないわ。何も見えないんだもの」
 姉はそう短く答えると、更に火を顔に近づけた。
「そうか、ならもういいや」
 そう応じて僕も姉が持つ火に顔を近づけてみた。僕らの間でゆらゆら揺れている炎は、何も照らさないせいか、妙に非現実的で幻のようだった。
「幻影みたいだ」僕が言う。
「これしかもう現実はないのよ」姉が応える。
 そう言う姉の口元の辺りをそっと窺(うかが)うと、不意に姉の微(かす)かに開かれた口元だけが見えた。
 ぱさぱさに乾いて白くなった唇の、水分を恒常的に含んでいる内側だけが、サクランボのようにつやつやと瑞々(みずみず)しい。白く煙った赤の縁取りの向こうに、僕らの周りを取り囲んでいるのと同じ暗闇があった。その奥からすうっと冷たい風を感じる。
 火が揺らめき、世界と姉が遠くなる。煙の匂(にお)いと共に、暗闇が濃くなった。
 火が消える。

'10年1月「マッチを擦り、闇に…」
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幻灯機譚

入選作品芳田 直征さん 20歳 (徳島大工学部2年)

■1月の書き出し
 マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」
 そう云いながら彼が文机の上に置かれた行燈に火を入れると、空気さえ凍りつきそうな部屋の中で僅かに暖かさが生まれ、四隅に暗さを残したまま、お互いの姿が光の中に薄ぼんやりと浮かび上がった。
 ゆらゆらと揺れる灯りが照らす室内は幻灯機が作り出す虚像の様に、窓辺に彼が一歩近づく度、時間と空間が歪み別の世界を生み出してゆく。外の暗闇と中の明るさは遮る布も無い窓硝子を鏡に変え、二人の顔を映していた。夕刻から降り始めた雪が寒さを深々と染み込ませてくる。
 窓の前に立った彼が少し躊躇う様に硝子にそっと触れると、突然そこにもう一人の顔が映り込んだ。驚いて後ろを振り返るが、この部屋に存在するのは二人だけで、当然何処にももう一人の姿は見えない。
 それはまだ歳若い少女の姿。勿論外に立ち尽くしている訳ではなく、朦朧とした影の如く硝子の中で息づいていた。私に気がつき少し困った表情になったが、彼の顔を見つけ優しく微笑んだ。
「見えたか?」
 彼はまた問うた。しかし返事も出来ずに、私はただ頷いただけであった。
「雪の夜、行燈に火を入れた時にだけ、現れる」
 誰に聞かせるでもなく、少女に視線を留めたまま呟く。硝子に掌を置くと、少女の掌が硝子越しに重なる。
「会えるのに、触れることが出来ないんだ」
 搾り出す様な彼の声、悲愴な表情。
 たった一枚の薄く透明な脆い硝子。力を込めれば直ぐに壊れてしまいそうに。しかしそれはどうしようもない程、永遠に二人の掌を隔てる。壁に振り上げた彼の拳を見て、少女は哀憐の表情を浮かべ、頬に涙が流れた。
 外は既に雪も止み、天空で月が煌々と輝く。
 私が言葉も無く溜息を吐くと、息は白く拡がった。

 それがあの夜、決して誰にも口外していない出来事。
 やがて桜の季節へと移り変わった頃、部屋に家具もお金もそのままに、彼が行方不明になった事を人伝てに聞いた。酔狂人の気紛れか、それともこの世ならぬ道行を叶えたか。彼が残した手紙の意志により、私の元に行燈が届けられ、そして私はそれを押入れの奥深く仕舞いこんだ。あの夜の寒さと共に。
 この冬、雪が降ったなら、行燈に火を灯そうと思っている。凍えそうな夜の部屋の中で独り。
 その時、窓硝子に何が映るだろう。
 二人の笑顔を見る事が出来れば良いと、心から私は願っているのだが。

[2010年1月26日掲載]

Alicekara_1冬の宵に、素敵な小説をどうぞ。作者が慎重に言葉を積み上げてできた作品です。ちょっとバランスが崩れていたら、この幻をとらえそこねたでしょう。江戸川乱歩の「押絵と旅する男」にも似た哀切な詩情があります。

'10年1月「マッチを擦り、闇に…」
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High time

入選作品田中 智香さん 18歳 (京都府立福知山高3年)

■1月の書き出し
 マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
 「何が見える?」
 尋ねる声がした。
 擦ったマッチの火を蝋燭(ろうそく)へ移す。蝋燭の光で、円卓と、それを囲む人々の姿が浮かび上がった。一人一本ずつ、目の前に蝋燭が立っている。光は弱いため、顔の上半分は闇に隠れている。見えたところで意味はないんだろう。僕らに与えられているのは自分を表す番号。ここで意味を成すのはその番号だけだ。
 僕は手に持ったマッチを吹き消した。
 「何が見える?」声が再度響く。
 「ろくでもない男だった」38番が声に応えた。
 ルージュを隙間(すきま)無くひいた唇は続ける。
 「面倒みてやったのに。恩を仇(あだ)で返されてね」
 のたうつ赤は、皮肉そうにひん曲がった。
 「ぜんぜん働かないから、ちょっと怒鳴(どな)りつけたら、この様さ。ったく、冗談じゃないよ」
 38番は悲しげに笑ってみせた。彼女の蝋燭の火が弱まり、消える。ゆっくりと、彼女は闇に包まれていく。
 「何が見える?」声が囁(ささや)いた。
 「妻です。僕は病気だった」126番だ。
 「僕は、僕の病は原因がその……分からなくて……でも……」惚(ほう)けたように繰り返した。
 「分かってんだろ? 俺らは同じなんだよ!」
 32番が怒鳴る。126番は黙った。
 「毒でも、盛られていたんでしょうかね」
 僕が呟(つぶや)くと、126番はいやいやというふうに頭を振って縮こまった。泣いている。ゆっくりと、彼は闇に包まれていく。
 場が静まり返る。
 「何が見える?」声が囁いた。
 「若い奴(やつ)だよ。女の子に絡んでたから。注意したんだ」32番は言った。
 「クラスメイト」87番は諦(あきら)めたように呟いた。
 「指名手配されていた男だ」50番は言った。
 「50番に同じ」51番は言った。告白は続く。
 「50番に同じ」という言葉は五回繰り返された。
 皆、次々と闇に包まれていき、僕だけが残った。
 「何が見える?」声が囁いた。
 僕は円卓に身を乗り出し、蝋燭に顔を近づけた。これで皆に顔が見える筈(はず)だった。
 「お前……」
 闇の中から複数の息を飲む音がした。
 「何が見える?」声が囁いた。
 「僕は、僕には……」
 青白い肌。尖(とが)った鼻と顎(あご)。つりあがった目だけは鋭く光っている。その顔前で揺れる、白い輪。踏み台が倒れる。もう充分楽しんだ。
 「僕が見える」
 ゆっくりと、僕は闇に包まれていく。蝋燭が消える。
 そして、全(すべ)ては闇に還(かえ)った。

[2010年1月19日掲載]

Alicekara_1High timeは、潮時や頃合という意味。時が満ちて、「僕」の運命が尽きる瞬間を描いています。彼の魂に安らぎあれ。異様な緊張感があふれる作品ですね。ちなみにこの言葉には、楽しい時間という意味もあります。

'10年1月「マッチを擦り、闇に…」
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ヒ替わり冬の百物語

入選作品川上 智史さん 23歳 (大阪大外国語学部4年)

■1月の書き出し
 マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」
 老人は問いかける。いつものようにやさしく、そして微笑(ほほえ)みながら。
「スイカが見える」と毛布にくるまり、僕は言う。
「冬にスイカか」老人は楽しそうに笑い、「よし、じゃあわしが雪山のてっぺんから、象の尻ほどもあるスイカに乗って転がってったときの話をしてやろう」と話を始める。
「……ところで、象の尻がどんくらい大きなもんかは知っとるか?」

 当時、そこは廃ビルで、僕の家で、僕は一人そこに住んでいた。もちろん電気はつかないし、水道も使えない。夏の食あたりは当たり前、冬は寒さで死ぬ思い……僕が老人と出会ったのは、そこで迎えた初めての冬のとある晩のことだった。彼は音も立てずにふと現れて、マッチを擦ってこう言ったのだ。
「何が見える?」
 一体どういうことなのかわけが分からず、突然現れたその老人のことを僕はただただぼーっと見つめていた。
「わしを見るんじゃない、このマッチの火を見るんだ。ぽっと浮かんできたもんをそのまま言やあいい。わしがそいつについて、一つ面白い話をしてやろう。なぁに、こいつはちょっとした余興だ。だがマッチを使うってのは、なかなかメルヘンチックでいい考えだろう?」

 彼のお話を聞いているときはいつも、僕は幸福な気持ちでいっぱいになることができた。寒さも感じず、空腹も忘れ、あくび一つ出なかった。彼が話を終えるまでは、マッチの火が消えることもない。まるで時間が止まってしまったかのよう……話が終わって火が吹き消され、僕はそのまま眠りに落ちる。
 朝目覚めると、老人は決まっていなくなっていた。しかし床にはマッチの燃え殻がきちんと落ちていて、前の日の晩のことがただの夢ではなかったのだということを教えてくれる。僕はその燃え殻を丁寧にしまい、聞かされたお話とともに大切な宝物とした。
 いくら年月を重ねても色あせることのない、僕の大事な宝物――百のマッチと、百のお話……。
 別れの言葉一つなく、彼は突然僕の元から去ってしまったのだ。強く、そして暖かな風の吹いた日のことだった。
 それ以来十一年間、老人がちらりとも姿を見せてくれたことはなかったけれども、僕はよくふとした瞬間に彼のことを思い出す。そんな日の晩には、僕はマッチを一本擦ることにしている。その火の中には彼がいて、あの日と変わらず微笑んでいる。そして僕は語るのだ。彼についてのお話を、こんなふうに。

[2010年1月12日掲載]

Alicekara_1マッチの小さな火を見つめることで、はてしなく想像が広がり、また一つ新しい物語が生まれる。「なかなかメルヘンチック」ではありませんか。私のささやかな書き出しが、マッチの火になっていることを願うばかりです。

'10年1月「マッチを擦り、闇に…」
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それはまるで雪を溶かすように

入選作品北村 紗代子さん 25歳 (京都造形芸術大芸術学部3年)

■1月の書き出し
 マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」
 チャコールグレーの薄い封筒がマッチの火に透けて、中身の文字をうっすら見る事ができた。寒さに、マッチを持つ手が震える。
 封筒を開けてはならない。しかし今夜中に内容を知らなければならない。老人は雪にまみれた分厚い眼鏡をかけ直した。

 それは過去からの手紙だった。
 五十年前、老人と、幼なじみの少女、老人の友人の三人で、寒空の下、丘の上にある一本松の根元に、タイムカプセルに入れて埋めたのだ。手紙には、それぞれへの想(おも)いが綴(つづ)られていた。「十年後、この松の下で会おう。」そう約束して、三人は別々の道を歩んだ。
 しかし、その約束は果たせぬまま、少女はこの世を去った。友人とは彼女の死をきっかけに疎遠になり、三人の未来への手紙は、五十年間、一本松の下に埋められたままだった。

 老人も友人も、少女を想っていたことは確かだ。その彼女の手紙。彼女は、老人と友人、どちらに手紙をあてたのだろう。

 しかしこの手紙は、故人のものとはいえ、少女の私的なものであり、彼女の遺族へ渡すことも考えれば勝手に開けてはならない。しかし、彼女への想いを分け合った友人は病で、今夜が峠だという。友人は最期に、少女の手紙の内容を知りたいと、老人に頼んできた。

 老人は、雪の降る中掘った。掘りに掘り続けて、手がかじかんだ頃、松の根に守られるように埋もれたそれを見つけた。
 五十年の時を経て、タイムカプセルの蓋(ふた)を開け、自分の手紙を読んだ。少女への淡い想いが綴られていた。友人の手紙も同様だった。
 そして、彼女の手紙。
 インクで書かれた文字が、マッチの火に透けて見える。やっと読めた一文は、「雪の降り積むような……君への想い……」
 少女は、自分と友人、どちらにこの手紙を宛(あ)てたのか。それが知りたくて、老人はマッチの火を手紙に更に近づけた。

 その瞬間、炎の先が封筒に触れた。そして、あっという間に彼女の手紙は燃え尽きた。
 少女の想い、友人の想い、老人の想い。吹雪の中、全(すべ)てを炎は焼き尽くした。

[2010年1月5日掲載]

Alicekara_1はかない物語ですね。とてもはかない。どちらの名前が手紙に書かれていたのかなんて、もういいじゃないか。神様がそうはからったかのよう。あるいは……マッチを持つ老人の無意識がさせた過ちなのかもしれません。

'10年1月「マッチを擦り、闇に…」
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