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2006年4月24日 (月)

朧月幻夜(ろうげつげんや)

Kasaku2 信貴彩花さん 18歳
(関西大 文学部 1年)


■4月の書き出し
 朧月がきれいな夜だった。あなたも覚えているでしょう。二人で井戸の底から見上げたね。

 周瑜(しゅうゆ)は、横に立つ孫策に話しかけながら微笑んだ。孫策(そんさく)も周瑜に微笑みを返す。

「覚えてる。涸(か)れ井戸の底には幽霊がいるって噂を確かめようとしてさ。そしたら縄が切れて上がれなくなって、そのまま一晩過ごしたんだっけ。馬鹿なことやったよな。幽霊なんて、いるわけないのに」

 思い出して、二人はくすくす笑いあった。彼らの上に、あの時のように柔らかな月の光が降り注ぐ。

「懐かしいね」「……だな」

 次の朝、孫策の父に救出された後、大目玉をくらったのも今となってはいい思い出だ。子供の頃の、話。もう、十年以上も前のことになってしまった。

 懐かしげに朧月を眺める周瑜に、孫策は「ところで」と声をかけた。回想を遮(さえぎ)られた周瑜は、孫策の方に顔をめぐらせる。

「こんな夜中に何してるんだよ。明日も仕事だろ。大丈夫か? それとも睡眠不足にかこつけて仕事をさぼる気か? 偉いんだから、仕事から逃げるなよ」

「あなたこそ、夜中に人の屋敷で何してるんですか。それに、主君のくせに脱走名人だったあなたに言われたくないです。だいいち、私はそんなことしません」

 ふいっとそっけなく周瑜が言った。ふてくされるかと思ったけれど、孫策は、にこっと笑って周瑜の額を指で軽くつついた。

「言いやがって。……大した理由じゃない。ただ単におまえに会いたかっただけだよ」

 周瑜は驚いたような顔をした。やがて、彼の綺麗な顔に広がるのは、優しい笑顔。

「……ありがとう」

 孫策はふっと笑い、周瑜から目を逸らした。儚げな朧月を何となしに見つめる。

「礼はいい。それより……逃げたり、するなよ。俺が言う資格はないだろうけど」

 並んで月を見上げていた周瑜は、はっと身を強ばらせて孫策を振り返った。

 横にいるはずの親友は、いない。

 周瑜は一瞬目を見張り、すぐ表情を和らげた。さっきまで親友がいたところに手を伸ばして話しかける。

「幽霊なんているわけないのなら、どうしてあなたがここにいたんでしょうね」

 一年も前に死んだはずなのにね。彼はそう言って目線を落とす。何にも触れなかった手を握り締めて。

「見くびらないでください。あなたの死から逃げるほど私は弱くありません。責任からもです。あなたの志は、必ず成します。……天下を、取る」

 言い切った彼が浮かべるのは、綺麗で力強い笑み。

「だから、心配しないで……眠っていて」

 朧月が、夜の庭をふわりと照らしていた。

'06年4月「朧月が綺麗な…」

コメント

綺麗な物語です。何度も読んでいます。景色が、自然と浮かんできます。

投稿: 舞 | 2009/02/11 20:00:00

切なさと同時に、温かいものがこみあげてきました。
本当に、素敵なお話です。

投稿: 理沙 | 2008/08/04 22:54:35

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