選考を終えて(10月)

 今月の書き出しは、われながら面白いと思っていたのです。だから期待も大きかったのですが、それに見合った作品がたくさん届きました。いつになく傑作が集まったというよりも、全体のレベルが高かったため、選考には苦労しました。もちろん、うれしい苦労です。入選作・佳作をお読みいただければ、それぞれの作品がまるで違ったテーマを持ち、まるで別の効果を狙っていることがお判りいただけることでしょう。

 「毒をはらんだもの」は、社会性のあるテーマを扱っています。そのものが何であるか、はっきり明示していないところがミソ。多くの読者はアレを想像しそうですが、それが正しいかどうかは判りません。私たちがまだ知らぬ何かであるかもしれないのです。

 「離郷」のように、語り手が実は……というオチの小説はたくさん寄せられます。書きやすいからでしょう。どうせなら、これぐらいきれいにまとめて欲しい。「尻尾」の一語でタネを明かす手際がうまいだけでなく、小説としての感興に富みます。

 「飴細工の窓ガラス」は、さわやかで少し切ない青春小説。書き出しの「大きなシート」と内容にズレがあるような気もしますが、解釈の仕方によってはセーフかな。セリフも文章も滑らかです。飴細工の窓がまもなく溶けてしまうのが惜しまれますね。

 ということで、来月も期待しています。

'07年10月「町はずれの建設現場は…」
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毒をはらんだもの

Kasaku2_4

松村 瞳さん 20歳 (関西学院大法学部1年)


■10月の書き出し
 町はずれの建設現場は、大きなシートに覆われていた。何かができつつある。
 
それはこの穏やかな町の空気とは一線を画して異彩を放っている。
 「なんだ、あれ」
 部活の夏合宿に出発した日にはあんなものなかった。
 立ち止まって遠目に見ていると、一緒に家に帰る所だった友人も不思議そうにしていたが、やがてぽつりと言う。
 「そっか、あの計画阻止出来なかったんだっけ」
 その呟(つぶや)きを聞いて自分も思い出す。ああそうかと納得した瞬間、思わず眉間に皺(しわ)をよせつつ言葉を返した。
 「じゃあ、あれが例の建物なんだな」
 「どうやらそうらしいね。――…なんか、嫌だね」
 友人の顔は鏡で映したように自分と同じだった。おそらく町の人間の大半は内心こんな表情(かお)に違いない。
 セミの声が何処か遠くから聞こえてくる。夏ももう終わりに近づいていた。
 あれは藤がちらほら視界に入る時期だったと思う。長い間、反対を唱えるスピーカーからもれる不快音や、喧騒(けんそう)の声がひっきりなしに続いた。
 だが、それも徒労に終わった。
 聞いた所によると、危険物質を扱うにも関わらず、天災が起きた時の対処策が無かったそうだ。その事実はつい最近起きた地震時に発覚した。反対運動の動機の一つでもあった。
 都会のど真ん中に建ててやればいいのに。そうすれば、お偉方も事態の深刻さに、わたわたするだろう。
 「何で此処なんだろうな」
 硬い声音が口から零(こぼ)れでる。怒りと不満がない交ぜになった、自分の声。
 「違うよ、場所が問題じゃない。何故あんなモノを人が考えたのか、だよ」
 どこか諦めた色を宿した眼で友人はシートに覆われたモノを見つめ、言った。

  ――人間って、不思議と自分が経験しないと、その実態を認識できないから。

 憐(あわ)れむように言った友人の言葉に、そうかもしれないと思う。
目先の宝に気をとられて、人は隠れた遅効性の毒を見過ごす。あれもその一つだ。しかも見た目は無害どころか有益に見えるから質(たち)が悪い。

 掌を強く握りこみ、睨(にら)み、見据えた。俺達の生活を助けるフリをした、地球を脅かす兵器を。

'07年10月「町はずれの建設現場は…」
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離郷

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橋本 仁美さん 20歳 (関西大政策創造学部1年)


■10月の書き出し

 町はずれの建設現場は、大きなシートに覆われていた。何かができつつある。
人口八千人ほどの山間の小さな町は、それはそれは静かな場所だった。
 私は、ずっとその大きな何かを見上げていた。このところ、ずっと掘り返す音や打ちつける音が山中に響き渡っていたのは、どうやらこれだったらしい。カーンカーン、ドーンドーン、というあの音は、私はあまり好きではない。どうもあの音は、私をイライラさせたり、悲しくさせたりするようなのだ。
 ――と、その時ふと、何かの気配に気がついた。見ると、軽い音を立てて彼が砂利道をやって来る。
「――まったく、こんなところにいたのか」
 急にいなくなったから心配したんだぞ、と彼は私を見つけて、少しだけ怒っているようだった。
「ちょっと散歩しようと思って出たのよ。あまりこもりっきりじゃ、体に悪いでしょ」
 私は肩をすくめて、でもごめん。と付け足して、彼にすぐに侘(わ)びた。何も言わずに出て来たんだもの。
「ねえ。この建物、なにかしらね」
 彼がまだ怒っているようだったので、私はますます申し訳ない気持ちになった。
「―――さあ。なんなんだろうね」
 彼はさほど興味がないといった様子で、足元の蟻(あり)を見つめている。ほう、と彼の息が、白く消える。
「なんでもいいさ」
 そういって彼は軽く、鼻を鳴らした。
 ざわっ、ざわっと風が小道を吹きぬけてゆく。薄く曇っていた空からは、湿った匂いが舞い降りてくる。パラパラと、細かい雨粒が葉を打ち始めた。
「―――そうね、なんでもいいわね」
 そう言って、私は足元にあった楓(かえで)の葉っぱをプチリとちぎった。思ったより、その葉はずっともろかった。
「ああ、なんでもいい」
 雨音が、一層はやくなった。霧と土の匂いが、あたり一面をさらさらとたちまち飲み込んでゆく。
「冬が来る前に、もっと遠くへ行こう」
 私の大きいお腹に、彼の温もりがそっと触れた。
「ええ」
 私はそれが気持ちよくて、うっとりと目を閉じた。
「――行こう、体が冷える前に」
 二つの大きな尻尾がゆらりゆらりと、やわらかな平行線を描きながら―――静かに、奥へと消えていった。

'07年10月「町はずれの建設現場は…」
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飴細工の窓ガラス

Kasaku2_4

小橋 健一さん 25歳 (京都府八幡市)


■10月の書き出し

 町はずれの建設現場は、大きなシートに覆われていた。何かができつつある。

 「まだ、やってるのか」
 「あ、先輩」
 作業の手を止めて、眼鏡にパーカー姿の後輩が背後を振り返る。
 「あまり根を詰めなくてもいいんだぞ」
 「大丈夫ですよ。ボクには、丁度いいくらいです」
 セットの上に作り上げられた町を見下ろして、依頼主は感心したふうに何度も視線を往復させた。
 「これを三日か。お前を部に誘ってよかったよ」
 「いえ、ボクだって誘ってもらわなかったら、寂しい学生生活を送るところでしたよ」
 「お互い様か。それならいいんだけどな」
 後輩がまだ作業道具を手放さないのを見て、彼は後輩に気付かれないようにため息をつく。彼の思惑としては、部室に閉じこもり続けている後輩を食事へ連れ出すつもりだった。
 「夕飯、まだだろ」
 「買ってきてくれるんですか。あ、でも、この前みたいに牛丼大盛りはやめてくださいよ。これでもボク、女の子なんですからね」
 「わかった。カツ丼特盛りだな」
 「ケンカ売ってますか」
 笑いながら部屋を出て行った彼にため息をついて、後輩は再び作業道具を動かし始める。
 「うん、こうかな」
 丁寧に貼り付けた表札の角度を確かめて、作りかけの家を隠していたシートをつまみ上げる。
 「これでよし」
 シートの中身は、ほぼ完成されていた。付け加えたのは、家を囲うブロック塀の代わりになるものだけ。
 「バレない……よね」
 付けられている表札の名前は、後輩の願望。
 作り上げた町の中でただ一軒だけ内装まで作りこまれたその家の間取りは、後輩の夢。燃える町並みを家の中から撮るためにカメラが仕込まれている居間だけでなく、寝室から細部に至るまで丁寧に作られていた。
 実際には一分にも満たない映像を撮るためだけに作られた町に建つ小さな憧れ。
 「最後には壊れるんだっけ」
 何度か読み返した台本をめくり、主人公の家に敵機が墜落するシーンのト書きをチェックする。
 「あ、そうだ。カメラの角度を確認しないと」
 シートをかけ直して、後輩がセットを離れる。
 破壊されることが定められた町で、最後に残った工事現場。町の時計を進めてしまう完成の時まで、あと少しだけ。

'07年10月「町はずれの建設現場は…」
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東京建設

入選作品大貫芙由実さん 20歳(関西外国語大3年)



■10月の書き出し
 町はずれの建設現場は、大きなシートに覆われていた。何かができつつある。4月から東京で就職することが決まっていた僕には、この山ばかりに囲まれた町に何ができようが関係のないことだった。そんな3月も中盤にさしかかった日の夜、母がおかしなことを言い出した。
「これで祐介も家から仕事に通えんだ」
「何言ってんだよ。俺は東京で働くって言っただろ?」
「祐介こそ何言っでっだ。東京がここにでぎんだ?」
「東京が……できる?」
「ほら、町のはずれで工事してっべ。あんが東京が」
     
 次の日、僕は「東京」を建設している場所に行った。
 青いシートが約コンビニ一つの大きさの建物を覆っている。人がいる気配はなく、僕はそのシートをめくって中の様子を覗(のぞ)いた。中にはガラス張りのカフェのようなものがあった。しかし床がない。床であるべき場所には巨大な穴があった。中を覗き込んでみたが、何も見えない。地下深くで音はするが、そこに何があって何が動いているのかは全くわからない。
 しょうがなく建物を一周していると、カウンターの中に地下に降りる階段らしきものを発見した。降りてみようと思って手すりに手をかけると後ろから声をかけられた。
「何しているんですか?」
 僕はまずいと思った。勝手に入り込んだことを怒られるに違いない。
「すみません」謝りながら後ろを振り向いた。
 そこには大きなバッタがいた。兎(うさぎ)位の大きさだ。いや、触角をいれたらもっとでかい。その緑の触角が、僕の体に触れた。不思議と恐怖感はなかった。
「いや、その、東京ができると聞いたので」
「できますよ。ほら、あのうるさい所。あそこらは渋谷です。あとあっちが六本木。この階段を下りたところが東京駅です。残念ながら完成まではお見せすることができません」
「本物の東京がここに?」
「東京に偽物も本物もありませんよ。私たち、バッタ建設はこの町の役場から東京を建ててほしいって頼まれたんです。最近は若い人が町からでていくばかりですからね。まだできていませんが、これからエレベーターも建設予定です。この町にはお年寄りが多いですしね。階段では大変でしょう。……あぁ、このままでは次の会議に間に合わない。私は失礼します」
 バッタは前足にはめた腕(足?)時計を気にしながら、ピョンピョン跳ねていった。僕は引っ越す予定だったが引っ越さずにすむようだ。東京が僕の家から10分もかからない位置にできるようだから。

[2007年10月29日掲載]



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 町はずれに東京を建設するというだけでも驚きなのに、地下に下りようとしたらとんでもないモノが……。それは東京の、また日本の何を象徴しているのか? 不思議ですが、理屈抜きで読者を説得する力があります。

'07年10月「町はずれの建設現場は…」
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青いシート

入選作品梅本真央さん 21歳(龍谷大文学部3年)



■10月の書き出し
 町はずれの建設現場は、大きなシートに覆われていた。何かができつつある。
 いつも、その建設現場の前を自転車で通って学校に行く。今日も、その通りに前を通過した。
 工事が行われているような音も、作業員の姿も見たことはない。赤字でストップでもしたのだろう、と思っていた。
 しかし、よくよく見てみると、そのシートに包まれた何かは、毎日確実に大きくなっていっているのだ。
 不気味だなぁ、くらいにしか思っていなかったが、ある朝、僕はそこでついに自転車をとめざるを得なくなったのだ。
 建設現場の両隣の家が、なくなっていた。昨日の夕方、帰宅するために前を通った時にはまだ確かに建っていたふたつの家は、元々何もなかったかのように、綺麗な更地になっていた。
 更にその次の朝は、もはやそのふたつの更地にも、大きなシートがそれぞれ膨らんでいた。
 町はずれの、人通りの極端に少ない場所だ。しかし、ある日僕はふと気づいた。朝、いつも見かけていたサラリーマン風の男も、犬の散歩をするおばあさんも、ここ数日まったく見ていなかったことに。
 大きなシートは、ますます大きくなっている。なのに、何の音もしない。僕の、自転車の車輪の回転音、呼吸、ポータブルプレイヤーの能天気な音楽。ただそれだけが、この小さな世界の音だった。僕は脚をとめて、辺りを見回した。
 今日は曇っていた。その灰色の空を圧するように膨張した、鮮やかな青いシート。道をへだてた反対側の家も、いつの間にか大きなシートに変わっていた。シート、シート、シート、シート、………
 恐ろしくなって、僕は全速力で自転車をこぎだした。シート、シート、シート! どこまで行っても、追いかけるようにシート群は連なっている。
 学校へ行けば、またいつもの通りだ。白い校舎、憂鬱(ゆううつ)な授業、先生の声、友だちの顔、………
 僕は愕然(がくぜん)とした。そこはあまりに静かだった。僕の荒い呼吸と、上がった心拍数と、相変わらず能天気に歌い続けるプレイヤーと、それ以外はまったく音の排された世界だった。
 校舎は、大きなシートに包まれていた。
 一体何なんだ! どうしちゃったっていうんだ!
 ストッパーをかけ忘れて倒れた自転車の横で、僕は叫んだ。むなしく響いたその声をあざわらうように、シートが風でバタバタと音をたてた。
 分厚い雲の切れ間から、白い光がこぼれてくる。その光を照り返して、シートはいっそう青く輝いた。
 倒れた自転車、放り出されたかばん、散らばったノート、弁当、頭を抱えてうずくまった僕。それを押し潰(つぶ)すように、シートの青がせまってくる気がした。

[2007年10月22日掲載]



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 シートに覆われた中身は何なのか、というお話を書いてもらおうとしたのですが、作者はこちらの意図などおかまいなしに、青いシートそのものに幻想を見ました。不安な気分にさせられる見事な不思議の物語です。

'07年10月「町はずれの建設現場は…」
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作品

入選作品出村谷昌代さん 23歳(近畿大農学部4年)



■10月の書き出し
 町はずれの建設現場は、大きなシートに覆われていた。何かができつつある。
 ずっと空き地であったその広い広い土地に造られるモノは一体何なのか……変化の乏しい狭い町のこと、最近はもっぱらその話題で持ちきりである。
 二人出会えば何が建つのか。三人揃えば誰が建てているのか。四人集まれば連れ立って、建設現場の前で忙しく働く男達の姿にひとしきり感想を述べ合う。
 町の人々は、その完成像を見透かそうとするかのように、シートの向こうの話題に熱中した。       
 しばらくして、どうやら高名な芸術家が何かを建てているらしい、という噂(うわさ)が町にゆらりと広がった。       
 分かれば分かったで、想像は逞(たくま)しくなる。
 「和を乱すような奇抜な外観じゃなければいいが」と老人は渋面を作り、
 「素敵な作品が沢山ある美術館だといいのに」と少女は瞳をきらめかせ、
 「静かなこの町はアトリエにはぴったりでしょうねぇ」と婦人は微笑(ほほえ)んだ。
 しばらくして、シートの上から見えた威厳の在る骨組みが優美な壁材で覆われ、その隙間(すきま)から若々しい木の葉が風に揺らめくようになると、更に迫った完成の時を待ち遠しげに、話の花は咲き誇る。
 興味と好奇心の混じった顔で建築現場の前に立つ人々にとってそこは、今まで乏しかった変化を与えてくれる場所であり、「高名な芸術家の」という冠詞は空想を広げる為の格好の材料だった。
 運びこまれるレリーフの意匠を得意げに説明して回る者、どこまで工事が進んだのかと覗(のぞ)き込む者、カメラを構える者……きっと素晴らしいはずのシートの中身を人々は心待ちにした。
「いやあ、完成が楽しみですな」
 「何と言いますか、今までとは違う、変化に触れて生まれる、興味と好奇心。そんなものが伝わってくるようですなぁ」
 「何の変哲も無い風景だとかおっしゃっていましたが……いやいやご謙遜(けんそん)を」
 「何かを作る途中に特有の、パワーを感じるわね」
 新たな賛辞に、画家は照れた様に微笑んだ。振り返り、更に笑みを深くする。立派な額縁に収まり、仰々しい賞を冠されたその絵は、ふとした気まぐれで描き始めたものだったのに。
 それには作りかけの彼の家と、その周りに集まる町の人々が生き生きと描かれ――
 ――タイトルには『未完成』とあった。

[2007年10月15日掲載]



Alicekara_1
 中盤まで星新一を思わせる洒脱な語り口で、次第に独自の味になっていきます。私たちを最もわくわくさせてくれるものは何か? その答えが結末です。意外性があるだけでなく、真実を感じさせてくれます。

'07年10月「町はずれの建設現場は…」
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