選考を終えて(11月)

 現代人は、「待つ」ということへの耐性が弱くなっていると言われます。しかし、人生は何かを待ったり、待ちきれなくて向かっていったりの連続で、それゆえ「待つ」は小説の重要なテーマの一つでもあります。応募作を待っていた私のもとへは、今月も「おお、こうきたか」という作品がたくさん届きました。「待つ」とは何か、それぞれに考察していただいたようです。

 「黒衣の旅人」は、全編に漂う静けさにひかれました。感傷的でありながら、どこか突き放したところがあって、「旅人」と老婆の諦念がしみじみと伝わってきます。14歳でこんなものが、と思いかけましたが、14歳だから書けるのかもしれません。

 「チューインガム公」は、うってかわって騒々しい。ドタバタのナンセンス小説なのですが、「どうしてそうなるの?」と下手に説明しないところが潔い。「とにかく、こうなの」で押し切っていますね。それでいて細部の描写は、なかなかに丁寧。そこが小説らしく、とてもいい。

'07年11月「もうくる頃だ。きっとくる…」
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黒衣の旅人

Kasaku2_4

穴山 郁美さん 14歳 (兵庫県西宮市立学文中3年)


■11月の書き出し
 もうくる頃だ。きっとくる。そう思いながら、どれだけ待っているだろう。
 
ちいさな田舎の町のはずれ。そこにある赤い屋根の家には、老婆がひとりで住んでいた。
 老婆という表現は正しくないだろうか。わずかに笑みを浮かべた、可愛らしい顔立ちをしている。私の会ったことのない祖母もこんな顔をしていたのだろうか。彼女は、家の前のちいさな階段に1日中腰掛けていた。そこを訪れるのは1日に1回の郵便配達か、私のような旅人くらいのものだった。
 何を待っているのだろう。
 そう思い、彼女の傍らで1日中待っていたが、日は沈み、星が瞬きだして彼女は家に戻ってしまった。
 次の日も、その次の日も同じことだった。日が顔を出す前にそこに座り、1日中何かを待っている。
 1週間たった日、私は彼女に尋ねてみた。
 「何をしていらっしゃるんですか?」
 彼女は私をみて心底驚いた様だったが、すぐに微笑み答えた。
 「死神を待っているんですよ。……夫もいなくなって、子供も死にました。次は私の番だと、ずっと待っているんですよ」
 それを聞いて、私は心底後悔した。こんな性格だから、この仕事になれないのだ。
 私は階段を降り、彼女の前に立った。風が私の黒衣を翻す。
 「行きましょう。……1週間も遅れてしまいました」
 彼女は私を呆然と見上げ、それから、差し出した私の手を、取った。
 彼女の屍を見つけるのは、誰になるのだろうか?

'07年11月「もうくる頃だ。きっとくる…」
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チューインガム公

Kasaku2_4

玉田 雄治さん 22歳 (大阪電気通信大総合情報学部2年)


■11月の書き出し
 もうくる頃だ。きっとくる。そう思いながら、どれだけ待っているだろう。
いい加減に来てもらわないと、足がもげてしまいそうだ。感覚が鈍り始めている右脚に目をやると、太股から先はまだくっついていた。
 無駄を承知で、引き上げてみる。動かない。一時間ほど前にも散々試したのだから、今更外れる訳もない。「何でこんな時に……」
 今日は家に帰ってからすることが山ほどある。感想文のレポートが一つ。演習課題が二つ。進行が遅れている公募用の原稿も、そろそろ遅れを取り戻さねば、締切に間に合わない。
 さっさと作業に取り掛かりたいのにも関わらず、僕は今、一時間前と同じ体勢でずっと動けずにいる。恐ろしく粘着力の高いガムか何かを踏んでしまったようだ、と言うのがここの駅員の分析だ。
 動かせないのは右脚だけ。左は動く。正確には、くっついているのは靴の底。脱げば動ける。足を置いた先に、ガムさえなければ。
 それは分かっている。でも、靴を置いて行くくらいなら、ここでじっとしている方が良い。
 靴ごと離す方法も、何度か顧みた。ヘラを間に入れてガムを剥がす、水を注ぐ、火で暖めてみる。どれもこれも、有力なようで無駄だった。靴は、床と隙間なくくっついていた。ヘラの入る隙間は無い。あとのいくつかは、靴も傷める。それはしたくない。
 残った手段はたった一つ。
 その手段の到着を、僕は今か、今かと待っていた。
 床に縫い付けられた時に一緒にいた友人と、駅員とが、手を尽くしてくれているはず。
「お待たせ」
 不意に上から、聞き覚えのある声が掛かった。顔を上げるとそこには、大きな箱を抱えた友人が立っていた。その後ろには、淡い緑の作業服に身を包んだ、いかにも屈強そうな男達を引き連れた駅員がいる。
「もうちょっとだけ、待ってくれよな」
 それに頷くと、友人は駅員に目配せした。彼が作業員の方に振り返ると、早速作業が始まった。
 友人と駅員は、机と椅子を作ってくれた。ベッドはあっても、邪魔だから要らない。
 作業員は、僕の周りに1畳ほどの大きさを取って、板を立てて行く。1カ所は扉にして、郵便受けも作ってくれた。作業が済むと、駅員がおずおずと申し出た。
「待ち合わせ場所に、使わせてもらっていいんですね?」
「勿論。それが条件ですから」
 駅員は満足そうに頷きながら、扉を閉めた。
 交換条件の中に、光熱費と食費が入っていることは、確かめなくても良いのだろう。
 これで、ようやくレポートが書ける。

'07年11月「もうくる頃だ。きっとくる…」
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祖母の手は

入選作品西 真広さん18作 (近畿大文芸学部1年)



■11月の書き出し
 もうくる頃だ。きっとくる。そう思いながら、どれだけ待っているだろう。そう母に言われて、数年ぶりに訪れた故郷は、記憶とは似ても似つかないほど、懐かしさに満ちたものだった。家の中に入ると、母の一家は不思議なものを見るような目で僕を見てきた。
 元気だったかと、調子はどうだと、次々と言葉は飛び交ってくるのに、近づいてはこない。そこには、簡単に人を寄せ付けない空気が漂っていて、僕は、一言も返すことができなかった。
 記憶の中にある祖母とはあまりにも違う、痩(や)せ衰えた祖母の姿。小枝のように細い体に、年老いた動き。僕の前へと緩慢な動作で近づいて来ると、深く頭が下げられる。
 「遠いところ、わざわざありがとうございます」
 敬語に浸された感情は、言った本人をより可哀想(かわいそう)な人に見せる。弱々しく育った姿から、顔をそむけたかったが、僕は伸ばされた手を軽く握り締めた。握力の感じられない握手。泣きそうになりながら、僕が皺(しわ)だらけの祖母に笑いかけると、母も周りの人たちもぎこちなく笑った。まるで、これが祖母に対する最高級の優しさとでも言うように。

 ゆったりとした優しい時間。だけどそれは、酷(ひど)く哀(かな)しいもののようにも思えた。ここに流れる空気は緩やかで、とても暖かいものだけれど、優しさの中に漂う空気は、誰もをピンと張り詰めた感情の中に置いていく。この場所で誰もが微笑(ほほえ)んでいるのは、ここの空気を穏やかにたゆたわせるためなのだ。天国への入り口のように、優しさしか満ち溢(あふ)れていないようにするためなのだ。と、そう分かるからだった。
 それからも祖母は、僕の手を必死に掴(つか)みながら、何度も頭を下げ続けた。来てくれてありがとうと、わざわざすいませんと。僕は「どういたしまして、気にしないで」と温暖な返答を繰り返す。元気だったよ、大きくなったでしょ?
 祖母はそれでも頷(うなず)いてくれるけれど、でも、違うんだ。違うんだよおばあちゃん。来てくれてありがとうだなんていわないで。僕はあなたに会うのが怖かったんだ。会う度に、ただただ優しくなっていくあなたを見るのが恐ろしくて、僕はあなたから遠ざかる事ばかり考えていたんだから。ねえ、僕に一体何が出来る? 僕のこの手では、あなたの目に映る不幸を、一つも取り除く事ができないじゃないか。だから、お願いだから、ありがとうだなんていわないで。そう言いたいのに、口から感情は蓋(ふた)をされたように出てこない。どうしたんだい? 何か嫌な事でもあったのかい?
 見上げると、おろおろと戸惑った声が降ってくる。やっと気づいた。優しく握り締めるほどの力も無い祖母の手は、僕の頭をそっと撫(な)でていたのだ。

[2007年11月26日掲載]



Alicekara_1
 「待っていることだろう」は、祖母の気持ちを推し量った母の言葉なのですね。主人公が祖母に抱く複雑な感情が描かれていて、心を動かされました。ただ「優しさ」の繰り返しが気になります。もう少し抑えて。

'07年11月「もうくる頃だ。きっとくる…」
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因縁の二人

入選作品渡辺 麟太郎さん 16 作(東大寺学園高校1年)



■11月の書き出し
 もうくる頃だ。きっとくる。そう思いながら、どれだけ待っているだろう。
 
もしかしたら恐れをなして逃げ出したのだろうか?? いや、奴はそういう男ではない。私が唯一、敵として認めた男なのだ。そんなへなちょこな男ではあるまい!!
 私は忘れない、雨が降りしきったあの夜の事、我々が初めて剣を交えたあの夜に加えられた屈辱を忘れる事が出来ようか……
 ――お前ではまだ俺には勝てん。五年の猶予をやろう。五年後のこの日、また剣を交える。それまでに己を磨き、剣術を磨け。そうして今日以上に俺を楽しませてくれ…――
 地面に倒れ込み、動けない俺の頭を踏み付けてそう言うと、あの男は笑いながらこの地を後にしたのだ……。
 しなやかで、それでいて力強い太刀捌(さば)き。あっさりと私の剣術を、人生を否定された。
 あの時以来、私は今まで以上に鍛練に打ち込んだ。嫌と言うほど自身を痛め付け、無謀と言われる様な自分より格上の相手との、命を張った試合。そうして、漸(ようや)く私は、あの男を倒すための奥義を身につけたのだ!!
 それなのに……何故あやつは来ない!? 約束の日からもう幾日も経つのだぞ!! 既に持ってきた食料も水もほとんど尽きた。この場所では水を手に入れることさえままならない。……もう帰ってしまおうか…。奴はきっと来ない。帰らなくとも食料を取りに行くくらい構わんだろう。………いや、そんな事はやはり許されないのだ!! もし私がここから帰った後にあやつが来たら、奴は私の事を腰抜けだと思うだろう。私はここを動けないのだ。最初に負けてしまった者の義務なのだ。大丈夫!! あやつはそんな男ではない!! きっと奴は来るのだ!! そうでなければ……そう信じなければ、また私のこの五年間を否定してしまうではないか……。
 ……それにしても喉(のど)が渇いた。気を紛らわすためにも今日は大人しく寝よう。明日になればきっとあの男は来るさ………。
 それから数日後、彼の有名な剣豪、宮本武蔵が巌流島に着くと、そこには、彼のライバル、佐々木小次郎の死体があった。原因は脱水症状によるものであった。
 これが、後に語り継がれる巌流島の戦いの真相である。

[2007年11月19日掲載]



Alicekara_1
 実在の人物を登場させたのは、この作品だけ。歴史に残る有名な「待つ人」を起用したアイディアを買いました。とにかく気の毒ですねぇ。今月の応募作の中で、この「私」ほどイライラしていた人物はいません。

'07年11月「もうくる頃だ。きっとくる…」
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カカシ

入選作品山本健太郎さん 16 作(大阪府立四條畷高校1年)



■11月の書き出し
 もうくる頃だ。きっとくる。そう思いながら、どれだけ待っているだろう。十九年。だいたいそんなところではないだろうか。私にとって十九年というのはそれほど長い月日ではない。何しろ私はカカシなのだから。
 私が守っていた田んぼはもう所有者がいなくなり、涸(か)れ果ててしまった。本来は敵であったはずのカラスさんとも親しくなった。カラスさんは言う。
「そいつはね、もう死んじまったんだよ。残念だけどね」
「でも、あの人はきっとまた来るといったんだ」
私は反論するが、カラスさんは首を横に振って言う。
「でもそいつはおじいさんだったんだろ? 人間ってのはそう長いこと生きられないのさ」
「それじゃ、人間は死ぬとどこに行くんだろう?」
「そこんところは謎だね。一回死んでみないことにはどうということもできないね」
「もし、そういう人を見つけたらつれてきてもらっていいかな?」
「いいよ、いればね」
カラスさんは青い空に飛び立った。
 三週間後、カラスさんはスズメさんを連れてやってきた。
「死んだことのあるやつはいなかったけどよ、人が死ぬとどうなるか知ってるやつがいたぜ」
カラスさんは得意げに言ってスズメさんを紹介してくれた。
「あたしは人間たちの集まるトカイってところに住んでるんだけど。聞いたところによると人間ってのは死ぬと夜空の星になって地上の人たちを見守っているらしいわ」
「なるほど。じゃあ、夜になったら会えるのか」
「俺がよ、仲間を呼んできてお前をあお向けにしてやるよ。そしたら星が見える」
カラスさんがくちばしを挟んだ。
 夕方、カラスさんは仲間たちを集めて戻ってきた。カラスさんたちは私の腕木をしっかりと鉤爪(かぎづめ)で握り、いっせいに羽ばたいた。意外にあっさりと私は地面から引き抜かれ、空が見えるように仰向けにされた。私は何度もカラスさんたちにお礼を言った。
 夜、少しずつ星が見え始めた。漆黒の闇に浮かぶ小さな光たち。それはカカシにとってあまりに神秘的だった。カカシはつぶやく。
「やっと会えたね」

[2007年11月12日掲載]



Alicekara_1
 ああ、きれいなメルヘン。人間は登場しないのに、人のぬくもりがします。作者自身のぬくもりです。描写がありませんが、カカシはうつむいて立っていたのでしょうね。ラストでは満天の星が脳裏に広がりました。

'07年11月「もうくる頃だ。きっとくる…」
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届くはずのないピザ

入選作品壇上 翔さん 22作(愛媛大工学部4年)



■11月の書き出し
 もうくる頃だ。きっとくる。そう思いながら、どれだけ待っているだろう。
「あの、まだピザが届かないんですけど」
 空腹に耐えかねた私は、ピザ屋に電話する。
「バイクで配送中と聞いてからもう三時間です。運んでいる人の携帯番号を教えてくれませんか? 店を介して、私の苛立(いらだ)ちが伝わるとは思えない」
 通話相手の店長は規則を盾に渋った。だが、こうやって問答を続けている間も、ピザは届かない。
 店長は面倒臭くなったのだろう。ようやく携帯番号を聞き出せた私は、その番号へと電話をかけなおす。
 コール音が十回続き――。十一回目にしてようやく、私を苛立たせている張本人と回線が繋(つな)がった。
「あの、ピザの配達を頼んだ者なんですけど」
『……はい、バイクで運んでおります』
 抑揚に欠け、何より陳謝に欠けた一声。
 通話中の運転を避けているのか、バイクのエンジン音は聞こえない。しかし、耳を澄まさなくても聞き取れる第三者の金切り声に、私は思わず声を荒げた。
「誰かと遊んでいるのか!」
『いいえ、現在も配送中です。○▲通りの交差点を通過しました』
 運転中とは、白々しい嘘(うそ)だ。
 思いの限り怒鳴り散らしたい。しかし、ピザが到着すれば直接この愚鈍な配達者を叱(しか)れる、と思い止まる。

[2007年11月5日掲載]



Alicekara_1
 これはうまい。サスペンスたっぷりで、最後にぞくりとする不思議の物語。日常の風景がちゃんと描けているから効果が増しました。作者としても、会心の出来ではないでしょうか。惜しくも題名だけ、やや杜撰。

'07年11月「もうくる頃だ。きっとくる…」
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