西 真広さん18作 (近畿大文芸学部1年)
■11月の書き出し
もうくる頃だ。きっとくる。そう思いながら、どれだけ待っているだろう。そう母に言われて、数年ぶりに訪れた故郷は、記憶とは似ても似つかないほど、懐かしさに満ちたものだった。家の中に入ると、母の一家は不思議なものを見るような目で僕を見てきた。
元気だったかと、調子はどうだと、次々と言葉は飛び交ってくるのに、近づいてはこない。そこには、簡単に人を寄せ付けない空気が漂っていて、僕は、一言も返すことができなかった。
記憶の中にある祖母とはあまりにも違う、痩(や)せ衰えた祖母の姿。小枝のように細い体に、年老いた動き。僕の前へと緩慢な動作で近づいて来ると、深く頭が下げられる。
「遠いところ、わざわざありがとうございます」
敬語に浸された感情は、言った本人をより可哀想(かわいそう)な人に見せる。弱々しく育った姿から、顔をそむけたかったが、僕は伸ばされた手を軽く握り締めた。握力の感じられない握手。泣きそうになりながら、僕が皺(しわ)だらけの祖母に笑いかけると、母も周りの人たちもぎこちなく笑った。まるで、これが祖母に対する最高級の優しさとでも言うように。
ゆったりとした優しい時間。だけどそれは、酷(ひど)く哀(かな)しいもののようにも思えた。ここに流れる空気は緩やかで、とても暖かいものだけれど、優しさの中に漂う空気は、誰もをピンと張り詰めた感情の中に置いていく。この場所で誰もが微笑(ほほえ)んでいるのは、ここの空気を穏やかにたゆたわせるためなのだ。天国への入り口のように、優しさしか満ち溢(あふ)れていないようにするためなのだ。と、そう分かるからだった。
それからも祖母は、僕の手を必死に掴(つか)みながら、何度も頭を下げ続けた。来てくれてありがとうと、わざわざすいませんと。僕は「どういたしまして、気にしないで」と温暖な返答を繰り返す。元気だったよ、大きくなったでしょ?
祖母はそれでも頷(うなず)いてくれるけれど、でも、違うんだ。違うんだよおばあちゃん。来てくれてありがとうだなんていわないで。僕はあなたに会うのが怖かったんだ。会う度に、ただただ優しくなっていくあなたを見るのが恐ろしくて、僕はあなたから遠ざかる事ばかり考えていたんだから。ねえ、僕に一体何が出来る? 僕のこの手では、あなたの目に映る不幸を、一つも取り除く事ができないじゃないか。だから、お願いだから、ありがとうだなんていわないで。そう言いたいのに、口から感情は蓋(ふた)をされたように出てこない。どうしたんだい? 何か嫌な事でもあったのかい?
見上げると、おろおろと戸惑った声が降ってくる。やっと気づいた。優しく握り締めるほどの力も無い祖母の手は、僕の頭をそっと撫(な)でていたのだ。
[2007年11月26日掲載]
「待っていることだろう」は、祖母の気持ちを推し量った母の言葉なのですね。主人公が祖母に抱く複雑な感情が描かれていて、心を動かされました。ただ「優しさ」の繰り返しが気になります。もう少し抑えて。
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