選考を終えて(6月)

 館といっても色々あります。蔦がからまる西洋館を出してもらってもいいし、大名屋敷でもいい。存分に想像を巡らせてもらおう、という書き出しでした。皆さん、それによく応えてくれたと思います。初めて応募してくださった方も多くて、これからがますます楽しみです。

 全体的にいえることですが、内容に比べて題名が雑なものが少なくありません。「タイトルなんか、どうでもええわ」と思っているわけではないでしょうが。真っ先にセンスが表れるのが題名ですから、できるだけ知恵を絞ってください。

 「窓際の明かり」は、〈不思議の物語〉でわりとよくある死神ネタですが、端正な仕上がりになっています。青白い炎が妖しいですね。それだけに、題名に芸がないのが悔やまれます。中身がカッコいいのだから、題名からガツンといってほしい。

 「幕開けのいきさつ」も、題名が平凡でもったいない。お話は意表を衝いているのに。「実は芝居でした」というのは夢オチみたいで、しくじる危険も高いのですが、これはうまく決まっています。オチだけに頼った作品ではなく、小説としての味わいにも富んでいますね。

'07年6月「夜の森で迷った旅人は…」
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幕開けのいきさつ

Kasaku2_4 覚田 智美さん 21
(関西学院大神学部4年)


■6月の書き出し

 夜の森で迷った旅人は、とある館に行き着いた。窓に、ぽっと明かりが灯っている。
「やっと明かりがあった。一晩の宿をかしてくれるだろうか」
 旅人は嬉しそうに、まるで棒のようになった足に再び力を入れ直して門の呼び鈴を鳴らした。
 正確には、鳴らす仕草をしたその時に、
 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。
 こ気味よい手拍子が、旅人の動きを遮(さえぎ)った。
「はい。終了です」
感情が読めないその声に、先程まで旅人を演じていた役者は、
「ありがとうございましたっ」
と、バネのようなお辞儀をして去っていった。
 そんなやり取りと、その後こっそりとつく監督のため息を15人、俺は監督の斜めうしろで縮こまりながら見ていた。
 
 ここは、今をときめく人気監督が手掛ける新作のオーディション会場となっている、某劇場。広い舞台の奥には、背景として使われる一枚の大きな絵が飾ってある。そこに描かれている館の前で、家を追い出されて旅を続ける主人公は、はたしてどのような行動をするか。というのが、オーディションの内容だ。役者志望でも、ましてや監督でもない俺がこんな場違いなところに座っている理由は、あの背景を描いたのが俺だから。この監督は俺の絵を校内で偶然見たというだけで、いち美大生である俺に背景を依頼してきたのだ。
  ――孤独そのもののような夜の森と、優しさそのもののような館の明かりを描いてくれ。
 監督の注文はそれだけで、どうしようか途方に暮れたが、俺はとりあえず描き上げた。あれで良かったのかは分からないが、監督はその絵をそのまま背景をして使っている。
「君ならどうする、門をたたくか?」
 次の役者志望を呼ばず、突然監督は振り向いて、俺に訊(き)いた。俺はビビりながらも、絵を描いた時の心境を思い出しながら応えた。
「安易には叩(たた)かない、と思います。だって、主人公は家を追い出されたんでしょ? 親に拒絶された人が、そんなに簡単には知らない人を信用するとは思えないから」
 監督は、ジロリと睨(にら)むように俺を見た。俺は、本気でおっかなくて、急用があると嘘をついて帰りたくなったその時、監督は言った。
「君、ちょっと舞台で演技してきて」
「……は?」
 俺の役者人生はこうして幕を開けた。

'07年6月「夜の森で迷った旅人は…」
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窓際の明かり

Kasaku2_4 田中 和樹さん 21
(近畿大文芸学部3年)


■6月の書き出し

 夜の森で迷った旅人は、とある館に行き着いた。窓に、ぽっと明かりが灯っている。
旅人は開いたままになっている門を潜ると、ろくに挨拶もしないまま館に入った。外から見た時、窓の一つからこぼれていた温かな明かりとは対照的に玄関にはロウソクの一本も灯っておらず、人のいる気配もまるでなかった。管理をする人間が足りていないのか広間のあちらこちらに埃(ほこり)のたまった箇所があり、暗がりにあっても掃除の行き届いていないのが分かった。旅人は明かりの灯っていた一室を目指し二階へと足を向けた。階段を上って行くと見えてくる廊下には幾つものドアが並んでおり、その中の一室から明かりが漏れている。
「誰だね、誰かそこにいるのか」
 旅人が音を立てずにその部屋に入ると、すぐさま年老いた男の声がした。見ると部屋の隅にある大きめのベッドに首から下をすっぽり毛布にくるめた老人が横たわっていた。痩(や)せぎすの老人は色の悪い顔に深い皺(しわ)を作り、目を凝らすようにしながらこちらを見つめている。
「誰だ、ヨーゼフなのか、暗くてよく見えないんだ」
老人は毛布にくるまったままでそう続けた。
 窓際に明かりが一つ灯っているだけで部屋は外から見ていたよりはずっと暗かった。それでも旅人には次第に不安の色を帯びる老人の顔がはっきりと見えた。旅人は明かりの方に歩み寄ると幽(かす)かに揺れているその炎の下に手をそえた。
「私のことが見えますか」
 ドアの方に目を凝らしていた老人は旅人の声で青白い炎のある窓際へ顔を向けた。
「やっぱりヨーゼフじゃないんだな」老人は大きく息を呑(の)むと廊下まで届くよう大きな声を上げた。
「ヨーゼフ、ヨーゼフ、早く来てくれ、ここに誰かいるんだ、ヨーゼフ」
 旅人の手に上で揺れている炎は老人がヨーゼフと呼ぶ時だけ、心なしか大きくなるようだった。
「私のことが見えますか、この明かりが見えますか」
「誰なんだ、何を言っている」老人の声は心細さに震えた。
「私のことが見えますか、この明かりが見えますか」
「こんな真っ暗闇の中で見えるわけないじゃないか、明かりなんか何処(どこ)に灯ってるって言うんだ」老人は叫ぶと被っていた毛布を跳ね飛ばした。
「それならこれはあなたの物ではない」旅人は静かに言うと青白い炎をその手に掴(つか)み、持っていた袋の中に詰め込んだ。そして壁を通り抜けて部屋を後にした。
 翌朝、老人に呼びつけられて村の者が館に駆けつけたが、館には部外者の入った跡はまるで見当たらなかった。ただ、病弱なこの老人に長く仕えていた、館に一人きりの執事がその日の朝、息を引き取っていた。旅人の姿を見かけたという者は一人もいなかった。

'07年6月「夜の森で迷った旅人は…」
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死の風

Nyusen2秋月淳一さん 23歳
(関西学院大理工学部4年)


■6月の書き出し
  夜の森で迷った旅人は、とある館に行き着いた。窓に、ぽっと明かりが灯っている。彼は道を尋ねようとその館を訪れた。後頭部に大きなこぶのある、異形の老人が出てきて、彼を中へと招いた。簡単な食事を味わった後、彼は館主に礼を言いたい気持ちを伝えた。だが、下男と思(おぼ)しきその老人は首を振った。
  「ご主人様は四日ほど前に東の王国へとお出かけになられました。今夜には戻られるでしょう。ですから早くお立ちなされ。……ご理解できない御様子ですな。ご主人様の目に映るものは皆、魂が消し飛びます。道中ご主人様にお会いする事があれば、悪い事は申しません。物陰に隠れ、見つからないようになさいませ」
  貴方は人間ではないのかと彼が笑いながら尋ねると、下男は何も言わずに食後の皿を引っ込めた。旅人は目的地までの道を聞き、その館を去った。二日目の朝にこの先にある商業都市にて友人と会うには、今夜中にこの霧に包まれた草原を越えなければいけないのだ。吹き荒(すさ)ぶ夜風をマントに受け、彼は広い草原を歩いていく。しかしあの館の主人は、一体東の王国に何をしに行ったのだろうか。確か東の国は今、戦争の最中で荒れていると聞いたが。
  その時、前方から馬の駆けてくる姿が見えた。旅人は慌てて岩場に隠れた。

 それらは霧の中で輪郭を濃くしていった。一頭と思っていた馬は五頭となり、仕舞いには五十数頭となった。しかしひづめの音は全く聞こえない。耳をなでるのは、冷たい風が草を薙(な)いでいく音のみである。彼は岩場から覗(のぞ)いていた。先頭を切る者は長い黒髪と黒髭(くろひげ)を生やした男であり、光を飲み込むかのような黒衣をその身にまとっていた。ただその鋭い眼のみ、真紅に染まっていた。その両隣には、豪華な服装に身を包んだ初老の男と凛々(りり)しい若者の姿があった。そしてそれに付き従うかのようについてくる人馬は皆、重苦しい鎧に身を包んでいた。いずれの人馬も氷のように青白かった。どの馬にも鎖が巻かれていて、それらは黒衣の男の馬に繋(つな)がっていた。
  ひゅうっとその場に野兎が一羽飛び出してきた。黒衣の男は手綱を引いて馬を止めた。その兎に鋭い眼光をもって一瞥(いちべつ)し、男はまた馬を走らせた。次々に駆けていく馬の脚は、野兎の体を透けていく。旅人は恐ろしくなってその場に体を固くし、それらが通り過ぎ去るのを待っていた。
      
 翌朝眼を覚ましてみると、草原の真ん中に一本、大きな道が出来ていた。その道の真ん中で、昨夜の野兎が身を冷たくして死んでいた。
 彼が都市の友人に聞いた所、四日前に東の王国で王とその息子が味方の裏切りに遭い、近衛兵数十人と共に殺害されたという。

[2007年6月25日掲載]



Alicekara_1
 おお、これは力の入った作品ですね。最後までゆるみのない文章によって、イメージがしっかりと伝わってきます。さながら幻想の叙事詩。読み終えた時、美しく夢からゆっくりと目覚めたような心地がしました。

'07年6月「夜の森で迷った旅人は…」
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円舞曲

Nyusen2大野 友郁(ゆか)さん 20歳
(四天王寺国際仏教大人文社会学部3年)


■6月の書き出し
  夜の森で迷った旅人は、とある館に行き着いた。窓に、ぽっと明かりが灯っている。外はバケツをひっくり返したかのような大雨で、闇夜を引き裂くような稲妻が幾筋も奔(はし)った。館のどこからか、優しく楽しげなワルツのメロディーが漏れ聞こえていた。
  「誰かいませんか?」
  旅人は館の扉を叩(たた)いた。雨を含んだ上着がずっしりと重い。そのまま暫(しばら)く家主の返事を待ってみたが、豪奢(ごうしゃ)な扉の向こうからは何の返事も無かった。
  旅人は幼なじみの結婚式の帰りに、懐かしいこの森を少し散歩して帰ろうと、思い立ったのだった。
  それが間違いだった。
  いつの間にか、深い森の中に迷い込み、帰り道がすっかり分からなくなっていた。散々森の中をさまよった挙句、旅人の疲労と空腹は限界に達していた。
  そんな時、ふとこの館の明かりが目に入ったのである。
  「誰か! 誰かいませんか!」
  旅人は扉を叩きながら、先程よりも大きな声で家主を呼んだ。背後にはぐっしょりと濡れた黒い大きな塊となった森が、ひっそりと息を潜めている。
  またしても返事は無かった。
  ――おかしい。
  明かりも点(つ)いているし、音楽だって流れているから家主は中にいるはずである。
  聞こえていないのか? それにしたって、先程から随分と騒々しく呼んでいるつもりなのだが――。
  しかし、こんなに大きな館なのだから、耳の遠い金持ちの老人でも住んでいるのかもしれないと、そう思い直した。
  そこで旅人は裏口へ回ってみることにした。窓からの明かりで、かろうじて壁伝いに裏口へ回ることができた。扉の前に立った瞬間、雷鳴が嘶(いなな)き、旅人の疲れきった顔を闇に浮かび上がらせた。
  「誰かー誰かいませんか!!」
  疲れを押して、旅人はドンドンと力強く扉を叩き続けた。
  ドンドン。
  ドンドンドン。
  返事は、無い。
  ザーザーと雨音が煩(うるさ)い。
  「くそぅ」と、旅人は一人毒づいた。窓から漏れる暖かな光さえ、だんだん恨めしく思えてくる。旅人の空腹と疲労は、もうとうに限界を過ぎていた。
  旅人は半ばやけくそになって、館の窓という窓、扉という扉を叩きながら、いるのかいないのかも分からない家主に呼びかけまわり始めた。
  ドンドンドン、ドンドンドン――
  どこからか優しく楽しげなワルツが聞こえる。

[2007年6月18日掲載]




Alicekara_1
 ホラー映画の一場面を見るよう。ストーリーはありませんが、焦点の絞り方がよくて、音響効果が効いています。旅人が館に一歩も踏み入らず、窓から中を覗くだけなのがよかった。これに似た応募作は他になし。

'07年6月「夜の森で迷った旅人は…」
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ある小話

Nyusen2関 裕一さん 18歳
(近畿大文芸学部1年)


■6月の書き出し
  夜の森で迷った旅人は、とある館に行き着いた。窓に、ぽっと明かりが灯っている。人里離れたこんな山奥に、誰かの別荘だろうか。とにかく旅人は、これで二日連続の野宿は免れたと嬉々(きき)として館に駆け寄った。
「その旅人は一人だったの?」
「人が話してるときは黙って聞けよ。ああ、一人だった。確かそいつも詩人だったかな」
「ふーん」
  旅人はドアを叩(たた)いて、ごめんくださいと声を張った。そのまま暫(しばら)く待つと初老の男が静かに扉を開けた。身なりのきちんとした男で、おそらくこの館の執事だろうと思わせる出で立ちだった。
  旅人は事情を話してどうか泊めてもらえないだろうかと懇願した。男はもちろんよろしいですよと見かけに似合わず磊落(らいらく)に笑い快く旅人を中へ導いてくれた。
  促されるままに中へ入った旅人は男が背後で閂(かんぬき)をおろすのを見て不審がった。聞けばこの近くには人食い人が住んでいるというのだ。夜にはこのあたりまで徘徊(はいかい)してくるからこのように厳重に施錠しなければならないとの事だった。それを聞いて旅人は森の中をのんきに歩いていた自分を思い返しぞっとしたが、頼もしいその閂を見てとりあえず今の安全は確信した。

 男は旅人を食事に誘った。その日ろくに食べていなかった旅人は二つ返事でOKした。旅人は食堂に通され、簡単だが高級そうな肉料理をたくさん振舞われた。何の肉かは見当つかなかったがおいしかったのですべて平らげた。話によれば料理は全部男の作ったものらしく、この館にはほかに誰もいないのだという。つまるところ、男はこの館のオーナーらしい。
  旅人は男に色々質問した。まず、なぜこんな所に館を建てたのかと。男は食料に困らないからと答えた。次に、何でそんな執事のような格好をしているのかと聞いた。誰もが勘違いするからと答えた。旅人は答えの奇妙さに首を傾(かし)げたが、それらについては深くは聞かず、実は一番気になっていた最後の質問を口にした。このとても美味(おい)しい肉は一体何の肉なのかと。
「男は、それは昨日のお客様の肉だ、と答えた……どう?」
「ふぅん。全然ダメ。早々にオチが読めちゃったから退屈ったらなかったわ。実はその男が人食い人でしたーっていう内容も陳腐。迫力に欠ける。十点」
「酷(ひど)い言われようだな。うろ覚えの内容をツギハギした即席小話にしちゃよくやった方だと言ってくれ」
「……でさ、何でそんな話始めたの?」
「え? だって似てるじゃん。この状況に」
「まぁ、似てるっちゃあ似てるけど」
 夜の森で迷った二人は、とある館に行き着いていた。窓に、ぽっと明かりが灯っている。
「……ねぇ、何でそんな話始めたのよ」

[2007年6月11日掲載]




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 作中人物が「全然ダメ」「退屈」と言うので、自分に厳しいなぁ、と思っていたら、そこからたった数行でこんなふうにひっくり返しますか。会話のテンポがいいので、作者の思うままに操られてしまいました。

'07年6月「夜の森で迷った旅人は…」
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家主の居ぬ間に

Nyusen2塩谷友(ゆ)望(み)さん 16歳
(関西大学第一高校2年)


■6月の書き出し
  夜の森で迷った旅人は、とある館に行き着いた。窓に、ぽっと明かりが灯っている。
  これはもしや、話に聞いていた人食いの魔物の棲(す)み家ではなかろうか。彼は引き返そうか悩んだが、こんな森で野宿などすればたちまち獣に襲われて、朝には骨だけになってしまうに違いない。なんとかして、館の中で夜明かししたかった。
  そこで旅人は、魔物のふりをすることを考え付いた。そこらじゅうから手頃な材料をかき集め、およそ魔物らしいと思われる格好を作り上げる。そうして恐る恐る扉を開いたが、中には誰もいなかった。魔物はちょうど出かけているようだ。
  旅人が館に入ってから数刻が過ぎた頃、同じような二人連れが館の正面に来ていた。彼らもまた道を見失い、深く迷いこんでしまった者たちであった。
「助かった。ここに朝まで泊めてもらおう」
  中へ入ろうとする男の肩を、その片割れが素早く掴(つか)んだ。
「待て、早まるな。怪しいと思わんか、このような場所にこんな館とは。これはきっと魔物のねぐらだ。迂濶(うかつ)に入ると命の保証はないぞ」
  引きとめられた男は不満そうな顔をした。「でも、森で夜明けまでは過ごせないぞ。どうすればいいんだ」
  もう一人は落ち着き払って答えた。なぜか手に木の枝を持っている。
「おれに良い考えがある。とりあえず、その大事に抱えている土産をよこせ」
  物音に、うつらうつらしていた旅人は跳ね起きた。まさか魔物が帰ってきたのだろうか。果たして戸口に立っていたのは、醜い角を生やした異形の者であった。しかも二匹もいる。彼らは、こちらが何か言う前に喋(しゃべ)りだした。
「おれたちは東の山に住んどる魔物だ。西のの顔でも見とこうかと思って来ただ。どうだ、一杯やらねえか」
  旅人は内心の動揺を押し隠して頷(うなず)いた。
  そうして酒盛が始まった。初めのうちこそ魔物らしい話題を思いつかず皆黙りがちであったが、酒が回ると次第に陽気になっていって、しまいには歌ったり踊ったり、己の状況も忘れて大騒ぎしていた。
  その時、館の外にうごめく恐ろしい影があった。それはしばらく館の周囲をぐるぐる回っていたが、窓に角の生えた複数のシルエットが映っているのを見ると、やがて諦(あきら)めたように去っていった。
  朝日が上る頃、館の中で目を覚ました三人はお互いの姿を見ると、一瞬ぽかんとしたあと大声で笑いだした。これのどこが魔物だ。こんなおそまつな扮装(ふんそう)で、昨夜はどうして気付かなかったのだろう。角なんて、ただ頭に枝をくくりつけただけではないか。
  彼らは名乗り合い、三人で協力して森を抜けた。そして無事に街まで出ると再び別れ、またそれぞれの旅へと戻っていった。

[2007年6月4日掲載]




Alicekara_1
 コンパクトによくまとめてくれました。苛酷な枚数制限を課している私が言うのもなんですが、この倍ほどの長さでじっくり読みたいぐらい。スリリングで、かつ適度にユーモラス。情景が目に浮かびます。

'07年6月「夜の森で迷った旅人は…」
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