秋月淳一さん 23歳
(関西学院大理工学部4年)
■6月の書き出し
夜の森で迷った旅人は、とある館に行き着いた。窓に、ぽっと明かりが灯っている。彼は道を尋ねようとその館を訪れた。後頭部に大きなこぶのある、異形の老人が出てきて、彼を中へと招いた。簡単な食事を味わった後、彼は館主に礼を言いたい気持ちを伝えた。だが、下男と思(おぼ)しきその老人は首を振った。
「ご主人様は四日ほど前に東の王国へとお出かけになられました。今夜には戻られるでしょう。ですから早くお立ちなされ。……ご理解できない御様子ですな。ご主人様の目に映るものは皆、魂が消し飛びます。道中ご主人様にお会いする事があれば、悪い事は申しません。物陰に隠れ、見つからないようになさいませ」
貴方は人間ではないのかと彼が笑いながら尋ねると、下男は何も言わずに食後の皿を引っ込めた。旅人は目的地までの道を聞き、その館を去った。二日目の朝にこの先にある商業都市にて友人と会うには、今夜中にこの霧に包まれた草原を越えなければいけないのだ。吹き荒(すさ)ぶ夜風をマントに受け、彼は広い草原を歩いていく。しかしあの館の主人は、一体東の王国に何をしに行ったのだろうか。確か東の国は今、戦争の最中で荒れていると聞いたが。
その時、前方から馬の駆けてくる姿が見えた。旅人は慌てて岩場に隠れた。
それらは霧の中で輪郭を濃くしていった。一頭と思っていた馬は五頭となり、仕舞いには五十数頭となった。しかしひづめの音は全く聞こえない。耳をなでるのは、冷たい風が草を薙(な)いでいく音のみである。彼は岩場から覗(のぞ)いていた。先頭を切る者は長い黒髪と黒髭(くろひげ)を生やした男であり、光を飲み込むかのような黒衣をその身にまとっていた。ただその鋭い眼のみ、真紅に染まっていた。その両隣には、豪華な服装に身を包んだ初老の男と凛々(りり)しい若者の姿があった。そしてそれに付き従うかのようについてくる人馬は皆、重苦しい鎧に身を包んでいた。いずれの人馬も氷のように青白かった。どの馬にも鎖が巻かれていて、それらは黒衣の男の馬に繋(つな)がっていた。
ひゅうっとその場に野兎が一羽飛び出してきた。黒衣の男は手綱を引いて馬を止めた。その兎に鋭い眼光をもって一瞥(いちべつ)し、男はまた馬を走らせた。次々に駆けていく馬の脚は、野兎の体を透けていく。旅人は恐ろしくなってその場に体を固くし、それらが通り過ぎ去るのを待っていた。
翌朝眼を覚ましてみると、草原の真ん中に一本、大きな道が出来ていた。その道の真ん中で、昨夜の野兎が身を冷たくして死んでいた。
彼が都市の友人に聞いた所、四日前に東の王国で王とその息子が味方の裏切りに遭い、近衛兵数十人と共に殺害されたという。
[2007年6月25日掲載]
おお、これは力の入った作品ですね。最後までゆるみのない文章によって、イメージがしっかりと伝わってきます。さながら幻想の叙事詩。読み終えた時、美しく夢からゆっくりと目覚めたような心地がしました。
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