最後の灯火
板山 彩実さん 19歳(同志社大法学部1年)
■1月の書き出し
マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」
「何も見えない」
「だよねぇ」火をかかげる姉が首をかしげたようだ。
「普通なら見えるはずなのにね。おかしいね」
そう言う姉の顔は闇に覆われて全く分からない。唯(ただ)不思議と、姉と思わしき人の手だけがうすぼんやりと闇に浮かび上がっていた。その手に向かって僕は言う。
「ホントにおかしいね。光線って、何か遮るものがないとどこまでも続くものじゃなかったっけ?」
夏のキャンプでそう教えてもらった。懐中電灯を何メートルも距離がある山にむけると山肌に、くっきりと丸い光の円が出来ていた。あんなに遠い山の木々だって自分の手元にある光で照らせたのに。
「何で目の前にいるお姉ちゃんの顔は見えないの?」
まつげを焦がしてしまいそうなほど、火を顔近くにかかげた姉が微笑(ほほえ)んだ気配がした。
「しょうがないのよ、だって」
マッチを握っている姉の手は、つやつやと鈍く輝く。
「これ以外のこの世界のものは、もう消えたんだから」
そう、実を言うと、僕らは今世界に二人きりなのだ。何故(なぜ)かというと、ほんの一月かそこら前に、いきなり世界のいろんなものが消え始めた。僕の友達、姉のピアノ。僕の家、姉の恋人。あっという間に消えていって、僕の周りには、姉と姉が握りしめていたマッチしか残らなくなった。細く今にも消えそうな火と輝く手以外もう、僕の世界には何も見えない。
「お姉ちゃん、これからどうしようか。というより、僕はまだこの世界にいる?」
自分の手も顔ももう見ることができないから、何だかまだ自分に人の目に見えるような実体があるのかも、あやふやだった。
「わからないわ。何も見えないんだもの」
姉はそう短く答えると、更に火を顔に近づけた。
「そうか、ならもういいや」
そう応じて僕も姉が持つ火に顔を近づけてみた。僕らの間でゆらゆら揺れている炎は、何も照らさないせいか、妙に非現実的で幻のようだった。
「幻影みたいだ」僕が言う。
「これしかもう現実はないのよ」姉が応える。
そう言う姉の口元の辺りをそっと窺(うかが)うと、不意に姉の微(かす)かに開かれた口元だけが見えた。
ぱさぱさに乾いて白くなった唇の、水分を恒常的に含んでいる内側だけが、サクランボのようにつやつやと瑞々(みずみず)しい。白く煙った赤の縁取りの向こうに、僕らの周りを取り囲んでいるのと同じ暗闇があった。その奥からすうっと冷たい風を感じる。
火が揺らめき、世界と姉が遠くなる。煙の匂(にお)いと共に、暗闇が濃くなった。
火が消える。

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