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2010年1月26日 (火)

幻灯機譚

入選作品芳田 直征さん 20歳 (徳島大工学部2年)

■1月の書き出し
 マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」
 そう云いながら彼が文机の上に置かれた行燈に火を入れると、空気さえ凍りつきそうな部屋の中で僅かに暖かさが生まれ、四隅に暗さを残したまま、お互いの姿が光の中に薄ぼんやりと浮かび上がった。
 ゆらゆらと揺れる灯りが照らす室内は幻灯機が作り出す虚像の様に、窓辺に彼が一歩近づく度、時間と空間が歪み別の世界を生み出してゆく。外の暗闇と中の明るさは遮る布も無い窓硝子を鏡に変え、二人の顔を映していた。夕刻から降り始めた雪が寒さを深々と染み込ませてくる。
 窓の前に立った彼が少し躊躇う様に硝子にそっと触れると、突然そこにもう一人の顔が映り込んだ。驚いて後ろを振り返るが、この部屋に存在するのは二人だけで、当然何処にももう一人の姿は見えない。
 それはまだ歳若い少女の姿。勿論外に立ち尽くしている訳ではなく、朦朧とした影の如く硝子の中で息づいていた。私に気がつき少し困った表情になったが、彼の顔を見つけ優しく微笑んだ。
「見えたか?」
 彼はまた問うた。しかし返事も出来ずに、私はただ頷いただけであった。
「雪の夜、行燈に火を入れた時にだけ、現れる」
 誰に聞かせるでもなく、少女に視線を留めたまま呟く。硝子に掌を置くと、少女の掌が硝子越しに重なる。
「会えるのに、触れることが出来ないんだ」
 搾り出す様な彼の声、悲愴な表情。
 たった一枚の薄く透明な脆い硝子。力を込めれば直ぐに壊れてしまいそうに。しかしそれはどうしようもない程、永遠に二人の掌を隔てる。壁に振り上げた彼の拳を見て、少女は哀憐の表情を浮かべ、頬に涙が流れた。
 外は既に雪も止み、天空で月が煌々と輝く。
 私が言葉も無く溜息を吐くと、息は白く拡がった。

 それがあの夜、決して誰にも口外していない出来事。
 やがて桜の季節へと移り変わった頃、部屋に家具もお金もそのままに、彼が行方不明になった事を人伝てに聞いた。酔狂人の気紛れか、それともこの世ならぬ道行を叶えたか。彼が残した手紙の意志により、私の元に行燈が届けられ、そして私はそれを押入れの奥深く仕舞いこんだ。あの夜の寒さと共に。
 この冬、雪が降ったなら、行燈に火を灯そうと思っている。凍えそうな夜の部屋の中で独り。
 その時、窓硝子に何が映るだろう。
 二人の笑顔を見る事が出来れば良いと、心から私は願っているのだが。

[2010年1月26日掲載]

Alicekara_1冬の宵に、素敵な小説をどうぞ。作者が慎重に言葉を積み上げてできた作品です。ちょっとバランスが崩れていたら、この幻をとらえそこねたでしょう。江戸川乱歩の「押絵と旅する男」にも似た哀切な詩情があります。

'10年1月「マッチを擦り、闇に…」

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