High time
田中 智香さん 18歳 (京都府立福知山高3年)
■1月の書き出し
マッチを擦り、闇に火を灯(とも)した。
「何が見える?」
尋ねる声がした。
擦ったマッチの火を蝋燭(ろうそく)へ移す。蝋燭の光で、円卓と、それを囲む人々の姿が浮かび上がった。一人一本ずつ、目の前に蝋燭が立っている。光は弱いため、顔の上半分は闇に隠れている。見えたところで意味はないんだろう。僕らに与えられているのは自分を表す番号。ここで意味を成すのはその番号だけだ。
僕は手に持ったマッチを吹き消した。
「何が見える?」声が再度響く。
「ろくでもない男だった」38番が声に応えた。
ルージュを隙間(すきま)無くひいた唇は続ける。
「面倒みてやったのに。恩を仇(あだ)で返されてね」
のたうつ赤は、皮肉そうにひん曲がった。
「ぜんぜん働かないから、ちょっと怒鳴(どな)りつけたら、この様さ。ったく、冗談じゃないよ」
38番は悲しげに笑ってみせた。彼女の蝋燭の火が弱まり、消える。ゆっくりと、彼女は闇に包まれていく。
「何が見える?」声が囁(ささや)いた。
「妻です。僕は病気だった」126番だ。
「僕は、僕の病は原因がその……分からなくて……でも……」惚(ほう)けたように繰り返した。
「分かってんだろ? 俺らは同じなんだよ!」
32番が怒鳴る。126番は黙った。
「毒でも、盛られていたんでしょうかね」
僕が呟(つぶや)くと、126番はいやいやというふうに頭を振って縮こまった。泣いている。ゆっくりと、彼は闇に包まれていく。
場が静まり返る。
「何が見える?」声が囁いた。
「若い奴(やつ)だよ。女の子に絡んでたから。注意したんだ」32番は言った。
「クラスメイト」87番は諦(あきら)めたように呟いた。
「指名手配されていた男だ」50番は言った。
「50番に同じ」51番は言った。告白は続く。
「50番に同じ」という言葉は五回繰り返された。
皆、次々と闇に包まれていき、僕だけが残った。
「何が見える?」声が囁いた。
僕は円卓に身を乗り出し、蝋燭に顔を近づけた。これで皆に顔が見える筈(はず)だった。
「お前……」
闇の中から複数の息を飲む音がした。
「何が見える?」声が囁いた。
「僕は、僕には……」
青白い肌。尖(とが)った鼻と顎(あご)。つりあがった目だけは鋭く光っている。その顔前で揺れる、白い輪。踏み台が倒れる。もう充分楽しんだ。
「僕が見える」
ゆっくりと、僕は闇に包まれていく。蝋燭が消える。
そして、全(すべ)ては闇に還(かえ)った。
[2010年1月19日掲載]
High timeは、潮時や頃合という意味。時が満ちて、「僕」の運命が尽きる瞬間を描いています。彼の魂に安らぎあれ。異様な緊張感があふれる作品ですね。ちなみにこの言葉には、楽しい時間という意味もあります。

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