狭い視野
夏目 春さん 17歳
(大阪府立北千里高校2年)
■10月の書き出し
一冊の本が人生を大きく変えてしまうことがある。まるで思いもかけなかった形で。
彼は家を飛び出した。もう親の顔なんかみたくなかった。しかし、行くところが見つからない。彼は自分の居場所が、あの生温い空気の充満した家にしかないことを呪った。しかし、家に戻るのだけはいやだった。しかたなく、彼はある場所へ向かった。
「危ないから、行っちゃダメだよ」小さいころから親にそう言われ続けていた場所だ。目的地に到着したのは、お昼ごろだった。
彼はあたりを見回した。これといって特別なところはなかった。普通の人間や普通の動物が、普通に行動しているだけだ。
彼は少し失望した。せっかく視野を広げようと思っていたのに。本当は、ただたんにスリルを味わってみたかっただけだが。彼はふいに疲れを感じて、足を止めた。そして自分の立っている地面を見た。
奇妙な場所だった。白い地面に黒で複雑な模様が描かれている。地面は遠くのほうまで続き、急にまっすぐ途切れている。黒の模様は一定の間隔をあけて規則正しく並んでいる。
なんだここは。彼はじっくりと地面を観察した。
しばらくして、体がだるくなってきた。こんなわけのわからないところはさっさと立ち去って、悔しいけど家に帰ろうか。彼がそう感じて後ろをふり返ったときだ。彼は全身を凍りつかせた。
いつのまにか、自分が立っているのと同じような大きな白い壁が、自分のほうへと倒れかかってきていた。
「うわあああ!!」
彼はのどの奥から悲鳴を吐き出した。しかし体は少しも動かない。
彼の頭にむせび泣く両親の顔が浮かんだ。いやだ。本当はもう、母さん達を泣かせたくなんかないんだ。
彼の心の中の叫びは、壁が地面と衝突する音と、彼の全身の骨がひしゃげる音に消し飛ばされた。
「うわ、ちょっとこれ見て」茶髪の女子高生が横に座っていた黒髪の女子高生を呼んだ。
「あ、虫の死体。虫がいるのに気づかずに本を閉じちゃったんだね」黒髪の子が、同情の視線で本に挟まれた虫を見た。
「うん。もうそのままにしとこう。どうせ図書館の本だし。てかさ、資料集めなんかやめてあの店いこうよ」
それをきいた黒髪の子が、化粧っけのない顔をうつむかせた。「私のお母さんがね、その店にはがらの悪い人がくるからいっちゃだめだって」
「だーいじょうぶ。平気だって。本ばかり読んでないで、視野を広げなきゃ。ね?」
黒髪の子はしばらく悩んでいたが、結局、読んでいた本を棚にもどしにいった。
[2006年10月30日掲載]
「一冊の本が人生を大きく変える」をこんなふうに解釈した話がくるだろうと思っていましたが、予想よりずっとうまく書いてくれました。オチに至る流れがスムーズで、奇妙な場所の描写がいい。ただ、最後の締めくくりは、いささか弱かった。

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