彼女の鱗と僕の目と
田中智香さん 15歳
(京都府福知山市立大江中学校3年)
■3月の書き出し
突然、バラエティ番組が中断して、アナウンサーが画面に現れた。ひどく緊張した様子だ。
「只今入りました情報によりますと……」
髪をキッチリと七三分けにした彼は、地球のどこかで戦争が勃発(ぼっぱつ)したことを告げた。煙の上がる町と、逃げ惑う人々の姿が映し出される。
しかし、僕は蜜柑(みかん)を頬張(ほおば)り続ける。悲惨な映像にも、僕の心は動かない。
だって僕の目に映る世界は平和だもの。
蜜柑の果汁は相変わらず甘くておいしいし、炬燵(こたつ)の中は安全で暖かだ。何を憂うことがあるのだろう? 僕はクスリと笑った。その時。
チャポンという水音と共に炬燵の上に乗っている金魚鉢から声がした。
「大変なことになっていますね。旦那(だんな)様」
彼女が目を覚ましたようだ。金魚鉢を見やると、彼女は瞼(まぶた)の無い瞳でテレビ画面を見つめていた。水草と共に揺れる尾ひれが何とも優雅だ。
「起こしてしまったかい? 折角(せっかく)良い夢を見ていたのだろうに……」僕は心から詫(わ)びた。しかし彼女は寂しそうに首を振る。
「夢だなんて……。私、瞼がありませんでしょう? それに、旦那様のように知恵も無いので、夢を見ることはありませんの」
それは悪いことを聞いてしまったね。僕は彼女を慰める。すると、彼女はクルリとこちらを向き、真剣な目で僕を見た。
「旦那様、私にはおつむがございません故、辛(つら)い事も辛くは無いのです。それよりも、こんなひどい映像を見て、辛い事を理解できてしまう旦那様のことが、私は一等心配でございます」
そうだね。僕は言った。でも人間というのは考えられる知恵があっても、君みたいに人の心配をしない動物なんだ。辛い事には瞼を閉じて、見えない振りをするんだよ。僕も、いつも目をつむっているんだ。 「そうなんですの……」
彼女が申し訳なさそうに水中を漂うと水面が揺れ、鱗(うろこ)がキラリと閃(ひらめ)いた。
「臆病(おくびょう)かい? 目の前が幸せに溢(あふ)れていればそれでいいだなんてさ」
僕は自嘲(じちょう)気味にそう言うと、金魚鉢に人差し指をツゥッと入れた。彼女がそれに寄り添う。
「旦那様は臆病ではございません」
彼女はキッパリとそう言うと、僕の指の腹をチョンチョンとつついた。
それに。突然彼女は明るい声を出した。旦那様も私のようになればいいのです。この鉢の中だけで泳ぎましょう。私と一緒に。二人でずっと。
それもそうだね。僕は彼女の瞼の無い瞳を見つめると、愛(いと)しさに目を細めた。
[2007年3月26日掲載]
15歳でこんな小説が書けますか。すごい。イメージの豊かさ、会話のセンス、思弁的な語り。どれも驚くほどのレベルです。誤解を招かぬよう言い直します。たとえ作者が15歳でなくても、これはすごい。

最近のコメント